キャッチボール

Nさんが定年退職して少し経った頃の話だという。
ある日の午後、家のすぐ近くで子供の声がした。
窓からそちらを見ると、家の裏手の空き地で小学生くらいの男の子二人が楽しそうにキャッチボールをしている。
Nさんはこの男の子たちがひと目で気に入ったという。
最近の子たちはゲームやらスマホやらばかり眺めていて、昔のように外で活発に遊んでいるのを見ることが稀になった。
やはり子供はああやって外で遊ばなきゃな、どこの子だろうな、と嬉しくなったNさんはニコニコしながら窓を開けたが、そこで首を傾げた。
空き地に誰もいないのだ。
たった今、窓を開けるその瞬間までそこにいたはずの男の子たちがどこにもいない。聞こえていた声もぷっつりと絶えてしまった。
隠れたりできるような場所もないし、そんな時間もなかったのに、男の子たちは一瞬でかき消すように消えてしまった。
夢でも見たような気持ちでぼんやりしながら窓を閉めたNさんだったが、その途端にまた目を疑うようなことが起きた。
窓越しに、先ほどと同じ男の子たちがキャッチボールをしている姿が見える。楽しそうな声も聞こえる。
背筋がすっと冷たくなったという。
窓を閉めているときにしかあの子たちは見えないんだ。
Nさんはそのまま窓から離れると玄関から外に出て、裏の空き地とは反対方向に散歩に出かけた。三十分ほどして帰宅したときには、もう窓越しにも男の子たちの姿は見えなくなっていたという。