マンションの七階に住むNさんの話。
ある時ふと気がつくと、ベランダに何か黒い小さな粒がいくつも散らばっている。
摘み上げてみるとどうやらそれは何かの植物の種のようだった。角ばった黒っぽい種だ。しかしどこからそんなものが出てきたのか。
Nさんはベランダで植物など育てていないし、両隣のベランダを覗いてみても種が飛んできそうな鉢植えなどは見当たらない。そもそも隣との境には仕切り板があるから植物があっても飛んでくることはないだろう。
七階だから地面から野生の植物の種が飛ばされてきたというのも考えにくい。
上や下の部屋のベランダから飛んできたり、あるいは投げ入れたりするというのも難しいだろう。
どういうことなのかよくわからないものの、Nさんはその種をちりとりで集めて捨ててしまった。
それから数日後の夜中のこと。
Nさんは何だか気味の悪い夢を見たような気がしてはっと目を覚ました。
蒸し暑い日で、Nさんはベランダに通じる窓を網戸にして寝ていた。すると外からパラパラと雨だれのような音がする。
雨が吹き込まないように窓を閉めないと、とベッドから身を乗り出して窓に手を伸ばしたところでベランダの手すりが見えた。
その上に何か白いものが動いている。鳥かな、と思ってよく見ると人の手だ。
白い、子どもくらいの小さな手が握ったり開いたりを繰り返している。そのたびにベランダのあたりにパラパラと何かが落ちる音がする。
誰だっ、と叫んで網戸を開け、ベランダに出たNさんだったが白い手はすぐに手すりの向こうへと引っ込んでしまった。
手すりから身を乗り出してその後を目で追ったものの、誰の姿もない。
懐中電灯を持ってきてベランダをよく見ると、また何かの種が一面に落ちていた。
腹を立てたNさんはそれを拾い集めてベランダ越しに投げ捨てた。
それ以来Nさんの部屋に種が散らばることはなかったが、後日同じマンションの住人が管理人に種がどうのと話しているところを見かけたという。