焼き爺

Rさんが小学生のときの話だという。
学校から帰ってきたRさんが玄関から入った途端、あっ、焼き魚だ、と思った。
玄関から見えたわけではなく、魚の焦げたようなにおいと油の焼ける音がしたのだ。
しかし晩ごはんの支度をするにはまだ早い。おやつに焼き魚ということもないだろうし、どうして今頃魚を焼いているのだろうと疑問に思った。
この時間には家に母親しかいない。魚を焼いているのは母親だろうと疑うこともなく、ただいまと声をかけながら台所に向かった。
しかし台所のガスコンロの前に立っていたのは母親ではなく、知らないおじいさんだった。
誰?
はっとして台所の入口から退いたRさんだったが、おじいさんはこちらに気づいていないのか無視しているのか、コンロをじっと見つめたまま直立して動かない。
魚を焼くような音は続いている。
どうして知らないおじいさんがうちで魚を焼いてるんだ?
そこにリビングで電話が鳴った。台所のおじいさんは動かない。
Rさんは後ずさりしてそこから離れると、リビングで電話の受話器を取った。

 


「食べるなよ」

 


受話器からはそんな声がして、すぐに通話が切れた。かすれた男の声だった。
えっ、もしもし。なんだったの今の電話。台所のおじいさんもそうだけど、今日はおかしい。
そこにリビングの庭に面した縁側から母親が上がってきた。庭で草むしりをしていたらしい。
あら、帰ってたの、おかえり。母親には特に変わったところがないようなので、Rさんはほっとした。
知らないおじいさんが台所にいる、魚を焼いてる、と母親に知らせたところ、母親も驚いて台所を覗き込んだ。
しかし誰もいない。誰かが出ていった気配はなかったのに。
油が弾ける音もいつの間にか止んでいて、コンロや魚焼きグリルに使った形跡はなかった。

 


ただ、魚を焦がしたようなにおいはまだ家の中に漂っていたという。