朝馬

静岡に住むKさんが東京に出張した。
ビジネスホテルで一泊したが、ふと目を覚まして時計を見るとまだ午前四時。空調のせいか、昨晩のビールのせいか、喉がカラカラに乾いている。
水でも飲んで寝直そうと思ったのだが、普段と環境が違うせいか、もうそれほど眠くない。
そのホテルには朝食がついていないことを思い出し、ちょっと早いが近くのコンビニに買い出しに行こうと思い立った。
着替えて外に出ると前の通りは静かで、人の姿も車の通りもなかった。
表通りじゃなければ東京でも早朝はこんな閑散としているものなのか、と意外に思いながらコンビニを目指して薄暗い街を歩いていると、後ろから聞き慣れない音がする。
ポックポックポックポック。
硬いものがアスファルトを叩く、リズミカルな響きだ。
何の音だろうと不思議に思って振り向くと、音の主が見えた。
馬だ。馬が一頭、早朝の街をこちらに進んでくる。
こんな街中に馬がいるのか。近くに乗馬クラブでもあるのだろうか。
驚きながらもそのまま歩いていると、馬は悠々と歩いてKさんを追い越していく。
その背中には茶色の着物を着た女性が横座りしていた。
無造作に垂らした長い髪が、馬の歩みに合わせてひらひらと揺れていた。顔は反対側を向いていて見えなかったが、格好から若い女性のように思えた。
乗馬という雰囲気ではなかった。どういう経緯があって、あの格好で馬に乗っているのか、想像がつかない。
馬は通りの向こうを曲がって見えなくなり、Kさんはその手前のコンビニに入った。お茶と弁当を買いながら、大学生くらいの店員に先ほど見たものについて尋ねた。
馬? そんなのこの辺で見たことないっすね。
店員は怪訝な顔でそう言う。
ホテルに戻ってからフロントの職員にも同じことを訊いたが、心当たりがないということだった。
馬がどこかから脱走したとかいうニュースもなかったし、あれは本当に謎でしたね。Kさんはそう語った。