鉄板

消防団に所属しているSさんの話。
コロナ禍より二年ほど前のこと、秋に直撃した台風の大雨で川がかなり増水した。
そういうときは消防団が堤防や水門、橋などに異常がないか見て回る。Sさんも年配の団員と二人組で、自前の軽トラックで警戒ポイントを見て回った。
とりあえずまだ水位は堤防を超えるほどではなく、橋脚に流木が溜まっているようなところもない。山の方は見ていないからそちらの危険性はわからないが、とりあえず川のほうに差し迫った危機と言えるほどのものはなさそうだった。
ひとまず肩の力を抜いて戻ろうとしたところで、年配の団員が怪訝そうな声を漏らした。
なんだありゃ。あんなもんあったか?
つられてSさんもそちらに目を向けると、少し離れた堤防の上から対岸にかけて、黒いものが長く伸びている。
薄っぺらだが、対岸に届くほど長い。川の上を完全にまたいでいる。
しかし橋にしては薄いし、橋脚もない。何よりそんなところに橋はなかったはずだ。
――おかしい。
二人は土手の上を歩いて近寄ってみた。
鉄板のようだった。
幅二メートル程度の滑らかな鉄板が、対岸まで細長く伸びている。川幅は二百メートルほどだから、鉄板の長さもそれくらいはあるだろう。
厚みは一センチ程度か。撓んで川の中程あたりでわずかに下がっているが、そのまま対岸の土手の上まで続いているように見えた。
鋲や杭を打ってある様子もなく、ただ土手の上に載せてあるようにしか見えない。見える範囲に継ぎ目もない。
果たして、途中に支え無しで折れたり曲がったりすることなく、この長さの鉄板を川に掛けることが可能なのだろうか。
仮に可能だとして、誰がどういう目的で、こんなときに。
皆目見当がつかない。
とりあえずスマホで写真を数枚撮り、それ以上のことはその場ではどうしようもないので、後で消防署と市役所に報告すればいいとして、立ち去ることにした。
数歩進んだところで、キーン、と甲高い音がどこかで鳴った。耳慣れない音で、金属が擦れ合うような、高速で機械が作動するような、そんな響きだ。
今のって何の音ですかね、と二人で顔を見合わせてから周囲を眺めて、異変に気づいた。
あの長い鉄板がない。
折れて川に落ちたのかとも思ったが、あれだけ大きなものがほんの数歩ぶん目を離しただけで跡形もなく沈んでしまうはずがない。大きなものが折れたり落ちたりしたような音も聞こえなかったし、振動もなかった。
ましてやSさんたちが歩いていたのは鉄板より下流側だ。落ちて川に流されるならSさんたちのほうに来るはずだが、全く視界に入らなかった。
流れ去ったのではなく、ふっと消えてしまったとしか思えない。
鉄板そのものも不可解だったし、消えたのも不可解で、夢でも見ていたような感覚だった。


一応消防署に報告はしたものの、まともに取り合ってはもらえなかったという。