山栗

Eさんが中学生のときの話。
部活動が休みだった放課後、なんとなく気が向いて近所の山に出かけた。
小さな山でそれなりに整備された山道があり、犬の散歩をさせている人もよく見かけるような場所だ。Eさんも幼い頃からよく遊び場にしていた。
ぶらぶらと一人で山道を散策していると、見慣れないものを見つけた。
草むらに野球ボールくらいの黒くて丸いものがいくつも落ちている。何だこれ、と近寄ってみると、それはどうやら栗の実らしかった。
形や色はイガから外した栗の実そのものだ。
しかし大きすぎる。ひとつひとつが野球ボールくらいある栗の実など、見たことも聞いたこともない。しかし現実に目の前に落ちているし、拾い上げてみても確かに栗の実だ。
こんなに大きければかなり食べがいがある。それどころか新種かもしれない。ニュースになるかも。
これはすごいものを見つけてしまった、とEさんはそれを両手で抱えられるだけ拾って急いで家に帰った。


自宅の居間には母がいて、テーブルに向かって雑誌を読んでいた。早速Eさんは「すごいもの拾った!」と抱えた栗の実を見せようとした。
すると母はそれを見た途端、ぴたりと固まってしまった。
そして次の瞬間、まるで吊っていた糸が切れたかのように、突然テーブルに突っ伏してしまった。
Eさんが声をかけても反応がない。
恐る恐る顔を覗き込むと白目をむいており、半開きの唇からは舌がだらりと垂れている。
手を握ってもぐにゃりと力が抜けたままで、脈を測ろうと手首を探っても動いている場所がない。
大変だ! お母さんが!
気が動転したEさんは、救急車を呼ぶという発想もなく家を飛び出し、泣きながら隣の家に駆け込んだ。


隣の家のおばさんとすぐに一緒に家に戻ってみると、信じられない光景がそこにあった。
母は何事もなかったかのように台所で夕食の支度をしている。いつもの風景だ。
しかし先程の母は確かに全く意識がなかった。こんなすぐに回復したのだろうか。
それともEさんをからかって気を失ったふりをしていたのか。だが確かに先程の母には脈がなかった。あれは只事ではない。
Eさんが隣のおばさんを連れてきたのを見て、母は怪訝な顔をした。Eさんが涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いながら経緯を説明すると、母はますます不思議そうな顔で言った。
あんたが栗拾ってきたところ見てないんだけど。どこにそんなのあるの?
そう言えば栗はどこにやってしまったのか。居間にはそれらしきものはない。
おかしいなと思いながらもう一度外に出てみると、玄関脇に野球ボール大の丸い土のかたまりが五、六個落ちていた。いつの間にこんなものが?
こりゃあEちゃん、狐だよ。化かされたね。
隣のおばさんはそう言って笑いながら帰っていったという。