水浴び

Eさんはアパートの二階に住んでいて、部屋の窓からすぐ下に隣の家の天水桶が設置されているのが見える。
時々この天水桶に野鳥が水浴びに来るようで、部屋にいるEさんの耳にも水がバチャバチャはねる音が届くことがある。
休日の午前中にEさんが部屋で過ごしていると、窓の外から水音が聞こえてきた。ああまた鳥の水浴びか、と思ったEさんは、気まぐれに窓の下を覗き込んだ。
天水桶の縁には真っ白な鳥がいた。ハトくらいの大きさで、数秒おきに水に飛び込んでは縁に上がるのを繰り返す。
しかしすぐに、Eさんはどうにも落ち着かなくなってきた。鳥だと思いながら見ていたが、どうも体つきが鳥らしくない。じゃあ何なのかといっても、よくわからない。
翼や頭といった区別が無いようで、単なる白いかたまりにしか見えない。ただ二本の細い脚だけは見えるものの、それ以外の部分は輪郭から何やら薄ぼんやりしてはっきりしない。
見れば見るほど何なのかよくわからない。脚の生えた大きなゆで卵のようだ。
――これはひょっとしてとんでもないものを見ているのだろうか?
そんな考えが頭をかすめたEさんは、写真か動画を撮っておこうとテーブルの上のスマートフォンに手を伸ばした。
だがカメラアプリを起動しているうちに、その白いものは水に飛び込んだきり浮かび上がってこなくなってしまった。


その後も水音が聞こえるたびに窓の下を覗き込むようになったEさんだったが、いつも普通の野鳥ばかりで、あの白いものが現れたことはあれ以来ないという。