空き缶

Kさんが自宅で寝ていると、外からカラカラとやかましい音がして目が覚めた。音が耳についてまた眠ろうとしても寝付けない。
時計を見ると夜の一時。こんな時刻に一体なんだよ迷惑な、と腹を立てながら窓から外を見てみたが、暗くてよくわからない。
ただ、家の前の坂道を空き缶が転がるような音が行ったり来たりしている。
寝ているところを起こされて虫の居所が悪いKさんはサンダルを履いて外に出てみた。誰かの悪戯ならば怒鳴りつけてやらないと気が済まない。
Kさんが坂道の端に立つと、ちょうどカラカラという音が坂の下の方から近づいてくるところだった。目を凝らしてみると、小さなものがアスファルトの上を転がってくるようだ。
それは大きな音を立てながら、Kさんの目の前を勢いよく通り過ぎていった。
紛れもない空き缶だ。街灯の薄明かりでは細かいところまではわからないが、飲み物の空き缶がカラカラカンカンと音を立てながら坂道を転がってゆく。
誰かが紐で引っ張ったり蹴っ飛ばしたりしている様子はない。それなのに空き缶は坂の下から上に向かってひとりでに転がっていった。
どういうことだ、と坂の上を眺めていたKさんだったが、遠ざかっていった音が程なくしてまた近づいてきた。
そしてさっきと同じ缶がKさんの目の前を先程とは逆向きに通り過ぎた。
何が起きているのだろうか。もしもう一度あの缶がここを通ったなら、捕まえてやろうか。
そう考えたKさんがそのまま待っていると、また少しして坂の下から音が近づいてきた。
よし今だ!
すぐそこに近づいた缶の行く先を通せんぼするように、Kさんが坂道に飛び出そうとしたその時である。


「やめてっ!」


大きな声が響いた。子どもの高い声だ。
その声に意表をつかれて動きを停めたKさんの眼前を、缶がまた通り抜けて行く。
辺りを見回したが、子どもどころか人の姿などどこにもない。
そもそも、これだけ缶がやかましい音を立てているのに、近所の家々は静まり返って誰一人出てこないのはどういうことだろう。
Kさんはどうにも嫌な気持ちになって、家の中に戻って布団に潜り込んだ。まだ外からカラカラという音は続いていたが、両手で耳を塞いでいるうちにいつの間にか眠ってしまっていたようで、気がついたら朝になっていた。


もう缶が転がる音は聞こえない。
あれは夢だったんだろうか、とぼんやりしながら外に出たKさんだったが、塀の上を見てぎょっとした。
すり傷だらけの空き缶がひとつ、そこに置かれていたという。