煙草おばさん

Mさんという女性が結婚して一年後に男の子を授かった。
その子が生後半年頃の昼下がりのこと。
Mさんがベビーベッドに寝かせておいた我が子をふと見ると小さな手に何か白い箱を握っていた。
よく見ると煙草の箱である。
口に入れてしまったら大変だ。慌てて取り上げた。封も切っていない新品だった。
幸いにして赤ちゃんが寝ていたため、箱にしゃぶったような形跡はなかったものの、気付くのが遅かったら大変なことになっていた。
それにしてもいつの間にこんなものが?
煙草を吸う人は家族には一人もいないし、覚えている限り喫煙者が訪ねてきたこともない。
なぜ家の中に煙草があるのだろう。
しかもベビーベッドの柵の中だ。誰かがわざと入れなければ赤ちゃんから手が届くはずがない。
しかし一体誰が?窓は鍵がかかっていて、玄関も施錠されている。日中は家の中にMさんと赤ちゃんしかいない。
ベビーベッドの布団も頻繁に換えているから煙草がずっと入っていたということは考えられない。
Mさんが目を離した隙に煙草が入れられたのだとしても、それが可能だったのは洗い物をしていたほんの十分ちょっと。その間に誰かが家に入ってきた様子はなかった。
どう考えてもなぜベビーベッドの中に煙草があったのかわからない。
夜になって帰宅した夫に聞いてもやはり何もはっきりしなかった。ただ、今まで異常に戸締まりと周囲のチェックを厳重にしようということになった。


それからしばらくして、男の子が三歳になる少し前のこと。
リビングでひとり積み木遊びをしていた息子にMさんがふと視線を向けると、組み上げた積み木の中に白い箱が一つ交じっている。
よく見ると煙草の箱だ。はっとして息子に詰め寄った。慌てて取り上げると前回と同じ銘柄らしき、新品の煙草だった。
「これどうしたの!なんでここにあるの!?」
急に強い語調で問いつめられた息子は泣き出してしまったが、何とかなだめて聞いてみると窓の外からおばさんにもらったという。
おばさん?誰?
そう問いただしても息子もよく知らないという。積み木で遊んでいた所に窓の外から声をかけられて、そこにいたおばさんから煙草を渡されたらしい。
そうは言うものの、息子が積み木で遊んでいた間はMさんもすぐ傍にいた。窓の外に誰かが来ればわかったはずだがそういうことはなかった。
何よりずっと窓は施錠されていた。外から煙草を渡せるはずがない。
しかし何度息子に尋ねても答えは同じ。
とにかく、知らない人から何かをもらっては絶対にダメ、と言い聞かせるしかなかった。


それからまた時が経って、男の子は小学一年生になっていた。
家族三人で一緒に寝ていると、真夜中に息子がトイレに行きたい、とMさんを起こした。
一緒に着いていってトイレの外で待っていると、用を足して出てきた息子は白い箱を持っている。
過去二回のことが瞬時にMさんの脳裏に蘇った。
「それ、どうしたの……?」
何とか冷静になって息子に聞くと、トイレの窓から知らないおばさんが差し出してきたのだという。
不思議と怖くはなかったという。しかし知らない人から何かもらってはいけないといつも言われていたので、受け取れないと断った。
するとそのおばさんはひどく残念そうな顔をして、これが最後にするからどうかもらって欲しいと言う。
何だかその様子がとても辛そうだったので、かわいそうに思ってつい受け取ってしまったのだという。
渡された煙草は、かつてと同じ銘柄の煙草に間違いなかった。封を切っていないところも同じ。
トイレのすぐ外で待っていたMさんには、窓を開閉する音は聞こえなかった。
そもそもそのトイレは二階であって、外から窓辺に来れるはずがない。
これはこの世のことではないのだろうか。お祓いでも受けた方がいいのだろうか。
寝ていた夫を起こして三人で話し合ったが、息子の話ではおばさんはこれが最後にするということだったし、もう少し様子を見ようということになった。
それでもまた同じことがあったら、その時はお祓いでも何でもやろう。夫はそう言った。


今では男の子は中学生になったが、あれ以来そのおばさんは現れていないという。
結局なぜ煙草を渡してきたのかはわからないままだが、息子に煙草を吸わせたかったようにも思える。
常々Mさんは息子に大人になっても煙草は絶対吸ってはいけないと言い聞かせているという。