マネキン事故

Nさんの車好きの友人が数カ月分の給料をつぎ込んで青いスポーツカーを買った。

かなりの値段だったようだが、生活費を切り詰めた上で親にもいくらか出してもらってやっと買えたとのことで、Nさんが乗せてもらったときは土足で入るのを断られたくらい大切にしている様子だった。
ところが乗り始めて半年もしないうちに、事故で車に傷がついてしまった。路上でマネキンと衝突したと言って友人はすっかり腹を立てていた。

友人の話では、彼女とドライブに行って帰る途中に突然道路に白いマネキン人形が現れ、避けようとしたもののバンパーに当たってしまった。人ではなく間違いなく人形で、衝撃で道路脇に飛んでいくところは友人も彼女もはっきり見ていたという。
警察にも通報して現場検証が行われたものの、その跳ね飛ばされたマネキンが見つからない。バンパーに傷が付いているから何かとぶつかったことは明白だったが、人形も、もちろん人も発見されないので、何と衝突したのか全くわからない。
なにか野生動物と衝突して、その動物は逃げていったんだろうというのが警察の見解だった。
ところが友人はあれはマネキンに間違いなかったという。マネキンが急に出てきたんだと言って譲らない。
誰かが悪戯で道路にマネキンを置いたのかなとNさんが言うと、そういう感じじゃなかったと友人は首を振る。急にマネキンが視界に出てきたんだ、誰かが置いたとすればその誰かが見えなかったはずはない、そう力説する。
とりあえずNさんとしては災難だったなと慰めるしかなかった。


次にNさんがその友人と会ったのは二ヶ月ほど後のことだ。友人は以前会ったときに比べてはっきりわかるくらいにやつれていた。
何かあったのかと聞くと友人は少し黙りこんでから、マネキンが、と答えた。
あの跳ね飛ばしたマネキンが出るんだ。友人はそう言う。
車を運転していると、ふとした瞬間にあのマネキンが出てくるという。街中でも山道でも畑の中でも、場所を選ばず道端にマネキンが立っているのが見える。驚いて視線を戻したり引き返したりしてももう姿が消えている。そんなことが続いているのだという。
嘘だと思うなら一緒に乗ってみろ、と友人が言うのでNさんも助手席に乗って、軽くドライブすることになった。
行き先はNさんのリクエストで隣町の城跡になった。高台の公園になっていて、景色のいいところだ。
道中は何事もなく、車は城跡についた。駐車場に入ってエンジンを停めたとき、Nさんの目にふと白いものが入った。
駐車場の端に白いものが立っている。マネキン人形だ。
はっとしてドアを開けて外に出たときには、人形の姿は消えていた。
今、見たよな? 友人の言葉にNさんは頷くしかなかった。


友人は結局それからすぐに車を売ってしまったという。