ワイシャツ

Cさんが通っていた高校の近所に神社があり、そこであるとき首吊り自殺があった。
駅から高校までの間にある神社で、境内を通るといくらか近道になるので、Cさんも何度も通ったことがある。ある朝そこを通ろうとすると鳥居の前にパトカーが横付けされており、立入禁止になっていて、学校に行ってからどうやらあそこで自殺があったらしいと聞いた。
警察は翌日にはいなくなっていて入れるようになっていたが、何となく足を踏み入れる気にならず、次に鳥居をくぐったのは一週間ほど後のことだった。
放課後に友人と二人で駅に向かう途中、どちらともなく神社に足を向けた。朝に通ると同じ高校の生徒が他に何人も歩いているものだが、夕方はタイミングによっては人の姿がほとんどない。このときも境内にいるのはCさんたち二人だけのようだった。
境内には至るところに木が茂っているので、首吊りに使われた木がどれなのかはわからない。これだろうかと疑いながら見ればどれも怪しい。そもそも事件の痕跡などはすっかり片付けられているはずなので、見てわかるわけでもない。
少し不気味ではあったものの、気にしなければ以前と特に変わったところはないので、二人とも他愛のないことを話しながら境内の反対側に向けてゆっくり歩いていった。
すると境内を抜ける手前で頭上に白いものが見えた。高い銀杏の木の枝に、ワイシャツが一枚ぶら下がっている。
梯子でも使わなければ届かないような高い枝だ。風で飛ばされて引っかかったにしてはきれいに吊るされている。誰かが意図的に吊るしたようにしか見えない。
なんだろうねあれ、と話しながら通り過ぎようとしたが、どうも違和感があった。いくらか風があるのにワイシャツが全く揺れないのだ。周囲の木の枝は揺れているし、ワイシャツが吊るされている枝も揺れているのに、ワイシャツだけが微動だにしていない。
そもそもあれは本当に吊るされているのか。
どの方向から見ても、ハンガーが見えない。
枝の下の空間にワイシャツだけがじっと浮いている。
石でも投げてみようか、とふざける友人を引きずるようにして、すぐに境内を出た。


駅まで歩きながら、ワイシャツのあったあの木が首吊りに使われた木だったのだろうかと考えた。しかし首を吊るには枝が高すぎる。
縄をかけるのにも梯子か脚立が必要だろう。もっと低い木は境内にいくらでもある。あの木が使われたとは考えにくい。
だから首吊りとは無関係なのかもしれないが。
ただ――風にも全くそよがないで浮いているワイシャツは、とにかく異様だったとCさんは語った。