Yさんの通っていた大学には、構内を猫がよく歩いていた。
学生が野良猫に餌を与えるものだから、それを目当てにした野良猫が何頭も住み着いていたのだ。
Yさん自身は餌をやったことは一度もなかったが、餌をやるやらないにかかわらず、どの猫も人懐っこかった。
ある日のことである。
卓球部に所属していたYさんが練習を終えた時にはもう九時過ぎになっていた。
どこかで夕食でも食べてから帰ろうか、と構内を歩きながら友人と話していると、近くから猫の鳴き声が聞こえる。
春でもないのに夜に鳴いているのは珍しいな、とYさんたちが声のする方に目をやると、猫の姿は見えないものの何やら盛んに鳴いている。
怪我でもしているのだろうか、とそちらに近づいてゆくと、どうやら鳴き声は側溝の中から聞こえているようだった。
側溝には蓋がしてあるので中の様子は覗けないが、確かに声はその下から聞こえる。
どこかから側溝の中に入り込んで、そのまま出られなくなったのだろう。
そう思ったYさんたちは、何とか出してやろうと蓋を外しにかかった。
一人が部室から釘抜きを持ち出してきて、それで声のする場所の蓋を引き上げた。
セメント製の蓋は何とか持ち上がったが、中の様子は暗くてよくわからない。
ただ、猫の鳴き声は蓋を開けたお陰でさらにはっきり聞こえるようになった。
Yさんが携帯電話のライトを点けて側溝の中を照らすと、ようやく中の様子がよく見えた。
猫の姿はどこにもなかった。
側溝の中には針金やら木の枝やらのようなものがぐちゃぐちゃに絡み合った塊があった。
毛糸玉くらいの大きさをしたそれが、風もないのにゆらゆら揺れている。
絡み合った針金が、携帯電話の明りの中でうねうねと蠢いていた。
にゃあ。
鳴き声は、間違いなくその塊から発せられている。
猫に針金が絡みついているようにはとても見えない。生き物にすら見えなかった。
それがなんなのかもよくわからないまま、Yさんたちは驚きと嫌悪感で飛び退き、開けた蓋もそのままにして走って逃げた。


翌日、恐る恐る同じ場所に行ってみると側溝の蓋は開けたままになっていたが、あの得体の知れない塊はどこにもなかったという。
それ以降しばらくの間、Yさんは猫の声に敏感になってしまったという。