浴衣の木

サーフィンが趣味のKさんが友人と一緒に鹿島灘に波乗りに行った夜のこと。
三人で旅館の一部屋に泊まったのだが、Kさんは夜中にふと目が覚めたという。
何やら甲高くて耳障りな音が聞こえる。友人二人のどちらかが歯ぎしりをしているらしい。
しょうがないやつだな、とそちらに目をやると、何か変なものが見えた。
隣の布団で寝ている友人の向こうに、浴衣を着た女らしき姿が正座している。
はっとして目を凝らすと、どうも単なる女のようではない。
浴衣を着た体つきは確かに女性らしく見える。
しかし袖や襟からは木の枝のように細く曲がりくねって枝分かれしたものがぐねぐねと伸びている。手首や頭がない。
趣味の悪い置物かとも思ったが、木の枝のような腕が友人の身体の上をゆっくりと撫で回すように前後している。その動きに合わせるように、友人の歯ぎしりの音が響く。
これは只事じゃないな、と思ったKさんは少し迷った挙句に覚悟を決めて、大声を上げて勢いよく立ち上がった。
すぐに部屋の隅に駆けて灯りのスイッチを入れた。ぱっと明るくなった室内に、もうあの木の枝のような何かの姿はなかった。
友人たちは熟睡していたようで、Kさんの声に目を覚ましたものの何が起きたかは全く理解できていなかったという。