まとわりつくもの

20年ほど前、Kさんが結婚してすぐのこと。
Kさんの夫の実家はKさん夫婦の新居と眼と鼻の先にあり、同居こそしていなかったもののお互い頻繁に行き来していた。
ある日の昼下がり、友人からリンゴを沢山貰ったKさんはお裾分けしようと夫の実家まで歩いて行った。
夫の実家は石造りの小さな門を抜けると庭を取り巻くように母屋、物置、離れが建っている。
そして庭中に義両親の植えた草木が鬱蒼と生い茂っており、母屋に辿り着くまでの十メートル程度の間に身をかがめて枝をかいくぐったり、伸びた草花を避けたりしなければならなかった。歩きにくいことこの上ない。
リンゴを入れた袋を下げたKさんはいつものように草花をかき分けて母屋の玄関を目指したが、何だかその日は特に枝や草葉が服にまとわりついてくるような気がする。
別にそれまでと庭が大きく違った様子はないのだが、いつもより妙に歩きづらいような感覚があった。
なんだろう。気のせいかな。
何となく薄気味悪く思いながら進んでいると、玄関のすぐ目の前までやって来た時にリンゴの袋がぐっと後ろに引っ張られた。
あれ、何かに引っかかった?
手元の袋を見ると、白く細長い紐のようなものがいつのまにか絡みついている。
なにこれ?
袋を持ち上げてよく見てみると、その紐の端は細く枝分かれしてしっかりと袋を掴んでいた。
手だ。
誰の?
咄嗟にその手の繋がっている先を目でたどると、細い腕がずうっと伸びて七、八メートル先の離れの屋根の向こうまで続いている。屋根の向こうでどうなっているのかは見えない。
はあーっ!?
あまりに不可解なその光景にKさんは思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、それに驚いたのかどうなのか、その長い腕はぱっとリンゴの袋から離れてあっという間に屋根の向こうへと引っ込んでしまった。
それを追って離れの向こう側へと走ったKさんだったが、そこには猫一匹いなかった。
なに変な声出してるんです、と母屋から出てきた義母に窘められたが、何と説明していいかわからなかったという。