Nさんが友人たちと那須にスキー旅行に行った時の、帰り道でのこと。
日が傾いてきた山道を友人が運転する車に乗って移動中、運転席の友人が「おっ?」と声を上げた。
どうした?と聞くと前方に顎をしゃくって「こんな道でジョギングってすげえな」と言う。
確かに道路の前方に黒い服の男性らしき姿が走っているのが見える。
近くの住民だろうか。それなりにアップダウンのある山道なので走るのはなかなかきついはずだ。車内全員が口々に感心の言葉を言い合った。
車がだんだん走る男に追いつくにつれ、その姿がはっきり見えてきた。妙に服の裾が広がっているのがわかる。
あれ、ジャージじゃなくてスーツじゃないか?
なんでそんな服装で走ってるんだ、ジョギングじゃないのか?
Nさんたちの視線が訝しげなものに変わった。
更に近づくと、違和感がもっと大きくなった。
どうも走っているにしては動きがおかしい。というより、動いているように見えないのである。
腕も脚も振っていない。
それなのに黒いスーツ姿の男は前方へと確かに移動している。雪の積もった路肩を、滑るように動いているようにしか見えない。
何なんだあれ……。
そのままNさんたちの車は男を追い抜いたが、追い抜いた直後に車内には次々に困惑した声が上がった。
追い抜く瞬間、スーツの男は一瞬見えなくなった。
そして追い抜いてから後ろを見ると、スーツの男は後ろ姿しか見えない。
後ろ姿のまま、こちらに向かって相変わらず滑るように移動している。
「……なんで後ろしか見えないんだ?」
「それに一瞬見えなくなったよな、あいつ!?」
気になって仕方がない。
そこで車を停めて近くから確かめようということになり、後方に男の姿を確かめながら路肩に寄せて停車した。
すると黒スーツの男はこちらに背中を見せたまま、道路脇のコンクリートの斜面を滑るように上ってゆき、木々の間に紛れて見えなくなってしまった。滑るように動いていたことも含め、人間にできる動きではなかったという。
それからの帰り道で話し合った結果、追い抜く時にあの男が一瞬見えなくなったのは彼が板か紙のように薄っぺらだったからではないかという結論になった。
――だとすると、追い抜いてからも後ろしか見えなかったのは板の両面とも後ろ姿だったんじゃ?
Nさんがそう指摘すると友人の一人が「なんだそれ、気持ち悪い……」と呟き、それ以降東京に着くまで一同はほとんど無言のままだったという。