会釈

Kさんが毎日高校まで通っていた道の途中に小さな畑がある。
彼がそこを通りかかると、時々畑と道路の境目にあるガードレールに若い女の人が腰掛けていることがあった。
初めの頃は特にKさんも反応していなかったのだが、時々視線が合うことがあって、いつしか何となく会釈をするようになった。
彼女はいつも髪をまとめた頭に麦わら帽子を被って、ガードレールの畑側にいる。
つまり、道路側に背を向けてガードレールに寄りかかっていた格好だった。
Kさんが通りかかると、視線をこちらに向けて微笑みながら会釈をしてくれるので、Kさんの方もいい気分で挨拶を返すのが習慣になった。
会話を交わしたことは一度も無かったので彼女の名前も素性も知らなかったが、Kさんは挨拶するだけでも満足していたという。
ある日のこと、Kさんは新しく知り合った他のクラスの友人と一緒に下校していた。
例の畑に差し掛かると、その日も彼女はガードレールに寄りかかっている。
しかしその日はKさんに気づかないのか、近づいても畑の方を向いたままだった。
何か考えこんでるのかな、と思いながらKさんは挨拶をしたが、やはり彼女は振り返らない。
首筋の後れ毛が風にそよいでいるのを見ながら、Kさんは彼女の背後を通り過ぎた。
どうしたんだろうなあの人、とKさんが友人に言うと、彼は変な顔をした。
「お前、ひょっとしていつもあんなことしてんの?」
友人は呆れたようにいう。
Kさんはむっとして、挨拶するのは当たり前だろ、と返すと友人はもっと変な顔をする。
「ちょっと待て、だってあれ……」
友人が振り返って指差す先を見ると、ガードレールに寄りかかっていたのは、麦わら帽子を被ったマネキンだった。
いつの間にあんなものに摩り替わったのだろうか、と訝しむKさんに友人は言った。
「通りかかった時からずっとマネキンだったぞ、あれ」
その後、Kさんが麦わら帽子の彼女に会うことは二度と無く、その代わりにマネキンは彼が卒業するまでずっとそこに立っていたという。