工事と笛

建設会社に勤めているMさんの話。
油圧ショベルで整地作業中のこと、エンジン音に交じって異質な音が聞こえることに気が付いた。
どこから届くのか、笛の音だ。祭囃子のような、どこか物悲しいような懐かしいような響きが途切れ途切れに聞き取れる。
同僚が作業中にラジオや音楽をかけることはありえないから、近くで誰かが吹いているのだろうか。
ただ運転席は閉め切っているし、エンジン音も響くのでかなり近くで吹かないと聞こえないはず。
周囲にそれらしき姿はない。Mさんのスマホは運転席に持ち込んでいないからそこから鳴っているわけではない。乗っている重機からは鳴るはずもない。
一体どこから聞こえるんだろうか。そこが少し引っかかるものの、そのまま作業を続けた。
次の休憩までの間に笛の音はずっと鳴っていたが、運転席から出たときにはもう聞こえなくなっていた。
誰か近くで笛吹いてたよな、どこからだ? 休憩中に同僚に尋ねてみると変な顔をされた。
笛? そんなの聞いてないな。同僚たちは口を揃えた。
ショベルの運転席にいたMさんにしか聞こえていなかったのであれば、外で鳴っていた音とは考えにくい。
しかし運転席の内部に鳴るようなものがないのは確認している。音の出どころが全くわからない。
訝しみながらも休憩を終えて作業に戻ったが、作業再開数分後にまた笛の音が聞こえ始めた。
ただ今度はそれだけではなく、何だか首筋に風が当たる。窓は開けていないから外の風が入るはずはない。
後ろを確認しても風が入るような隙間はなさそうだった。
笛の音といい、どうも様子がおかしい。重機を扱っているときには特にこういう違和感を放置しないほうがいい。
そう判断して、再開したばかりの作業を一旦停めた。運転席から下りて改めてショベルを点検しておこうとしたところで、同僚が血相を変えて駆け寄ってきた。
今の音、なんだ!?
同僚の話では、Mさんが運転する重機のほうから突如、バリバリバリン! とガラスか何かが盛大に割れたような音が鳴り響き、それからすぐにMさんが運転を停めて下りてきた。
ショベルの外観に異変はないから、ショベルが何かを踏み潰しでもしたのかと同僚たちは思ったという。
ところが同僚たちと一緒にショベルの周囲を探しても、壊れて音を立てたものが見当たらない。ショベルを移動させても均したあとの地面には履帯の跡しか残っていなかった。それらしき破片ひとつ見当たらない。
整地のために山から運んできた土で、大きな石は取り除いてあるから、そんな大きなものがあるはずがないし、あればMさんにも見えていたはずだ。
重ねたガラスを重機で轢き潰したような大きな音だったということだが、Mさんはそんな音など一切耳にしていない。閉め切った運転席の中とはいえ、それほど大きな外の音が聞こえなかったはずはないのに。
とりあえず周囲にも重機にも異常はなさそうなので、作業を再開することになった。
そこからは笛の音も隙間風も止んだので、もしかしたら本当に目に見えない何かを重機で潰してしまったのではないか、と後で思ったという。