浜足

Kさんが大学生のときの話。
彼氏が運転免許を取ったので、二人で海までドライブに行った。
まだ肌寒い時期で、天気はよかったが海辺には人の姿がなかった。
貸し切り状態だね、などと話しながら浜辺を歩いたが、冷たい風が海からひっきりなしに吹き付けてくる。
道理で人がいないわけだと、散策はそこそこに、空き地に駐めた車に戻り、少し車内でゆっくりしてから帰ることにした。
すると二人きりで話しているうちに彼氏の顔がふっと強張るのがわかった。そして突然外を見回し始める。
どうしたの、と聞くと彼氏は慌てた様子でエンジンをかけ始めた。
しかし何度かキーを回したものの、どうにもうまくかからない。
一体なんなの、と重ねて尋ねたKさんは、彼氏の向こうの窓越しにおかしなものを見た。
ガラスの向こうに、女物の靴がぶら下がって揺れている。
いや、靴だけではない。足も入っている。右足だ。
誰かが車の上から脚を垂らしているのか?
それにしては少し遠くにぶら下がっている。
だがそこは海辺の空き地で、上には空しかない。足の持ち主はどこにいるのか。
呆気にとられたKさんの視線の先で、足がすっと上がって見えなくなった。
それを追いかけて窓を開けて見上げるような気にはなれなかったので、Kさんはまた彼氏に尋ねた。
ねえ、何あの足。
Kさんがそう言うと、彼氏はキーを回し続けながら首を振る。
普通じゃない……。彼氏はそれだけを絞り出すように言った。
そのときようやくエンジンがかかり、急発進で車は道路に戻った。Kさんは後ろを見たが、誰かが車の上から降りたり振り落とされたりするところは見えなかった。

 


海が見えなくなったあたりのコンビニで停まって様子を見てみると、屋根の上に、砂だらけの靴で歩き回ったような跡が無数についていたという。