先週金曜日の夜のことだったという。
午後10時過ぎに仕事帰りのYさんが車を走らせていると、信号で前の車に追いついた。
前に停まっているのは黒い軽自動車だったが、どうやら後部座席に子供が乗っているようで、小さい頭が左右に動いているのが後部ガラス越しに見えた。元気な子らしく、信号待ちの間に座席の上に立ち上がってみたり、脚を背もたれの上に上げてみたりと落ち着かない。
青信号に変わって車が走りだすと、前の車の左側から細い腕がにゅっと突き出されたのが見えた。どうやら後部座席の子供が窓から腕を出しているらしい。
危ないなあ、と内心冷や冷やしながら後ろを走っていたYさんだったが、やがて見えているものがどうもおかしいと思い始めた。
前の車から突き出された腕が、根本から下にずれていっている。
ドアが開いているようには見えないのに、窓がある辺りよりも下の方にどんどん腕全体が下がっていく。
そしてとうとう腕はタイヤの辺りまで下がってしまった。後ろから見たところ、タイヤの真ん中から腕が横に生えているように見える。
一体何だあれは……誰の腕だ……?
数分して二台の車は次の信号にやって来たが、赤信号で停車したYさんを尻目に、黒い軽自動車は信号を無視して走り去ってしまった。
その姿が見えなくなるまでタイヤからは腕が出たままだったという。