味噌汁

Uさんが大学生のときに母親が癌で亡くなった。
二年ほどの闘病の結果なので覚悟はしていたが、いざそうなってみるとやはりショックが大きい。
葬儀が終わり、遺骨をお墓に納めて、ようやく大学生活に戻ったUさんだったが、どうも以前のような調子が出ない。
勉強にもサークル活動にも身が入らず、午前中の講義などは頻繁に遅刻したり欠席したりするようになった。予定のないときはアパートに引きこもった。
そんな中で生活習慣が乱れたせいか、葬儀からひと月後に体調を崩した。喉が腫れて熱が39度近くまで上がり、ベッドから起き上がれない。
病院に行くこともできず、横になったまま眠ったり目覚めたりを繰り返しているうちに丸一日経った。まだ熱は下がらない。
このまま力尽きたらお母さんに会えるだろうか。ぼんやりする頭でそんなことを考えていると喉の渇きを覚えた。
熱のせいでベッドから下りるのも億劫で、ほんの数メートル先のキッチンまで行く気になれない。しかしもう半日は何も口にしていないことを思い出し、気力を絞り出して上半身を起こした。
「はい」
そこに横から水の入ったコップを差し出す手が伸びてきた。反射的にそれを受け取り、手の主に視線を向けると母だった。元気そうだ。
ああ、来てくれたのか。
安心してコップの水を飲み干すと、冷たくて美味しい。それで少し冷静になった。
ベッドの脇をみると誰もいない。しかし空のコップを握っているのは事実だ。
いつの間にか、部屋の中に味噌汁の匂いが漂っていることに気がついた。お母さんの作った味噌汁の匂いだ、と思った。懐かしい気持ちが溢れてくる。
しかし冷静に思い返してみると、水を差し出してきた人は母とは別人だった。知らない顔だった。
突然現れて水を差し出して消えたのも釈然としないが、それよりもなぜあの人を母だと思ったのかが不思議でならなかった。
味噌汁の匂いに包まれながら、Uさんはまた眠った。


翌朝には熱がすっかり下がったのでUさんは味噌汁を作った。
母の作ったものとは味も匂いも違ったが、これで何とか立ち直れるという気持ちになったという。