パフェ

Nさんが小学三年生のときのこと。
家でひとり留守番していると、祖父がふらりと訪ねてきた。
「おう、久しぶりだなあ」
祖父がそう言って朗らかな笑顔で玄関先に立っていたのをよく覚えている。
言葉の通り、Nさんが祖父に会うのはしばらくぶりだったので嬉しくなり、家に上がってもらおうとした。
すると祖父はこれから知り合いのところに行く用事があるからゆっくりできないという。
「どうだ、じいちゃんと一緒に来るか? 何か美味いものでもおごってやろう」
せっかくの祖父の提案だ。家は戸締まりしておけばいい。
それからタクシーに乗って二人で行ったのは市内にある寺と、祖父の友人宅らしい邸宅だった。
寺では住職と、邸宅では友人と、祖父はそれぞれ十五分程度会話し、Nさんはそれを傍らで黙って聞いていた。
その二軒を回ってから喫茶店に寄ってパフェをご馳走してもらった。
パフェなど普段は両親になかなか食べさせてもらえない。Nさんが喜んで食べるところを祖父は嬉しそうに眺めていた。
茶店を出て二人はまたタクシーで帰宅した。お父さんとお母さんが帰ってくるまで待ってれば、とNさんが言うと祖父は残念そうに首を横に振った。
「これからちょっと用事があるからもう行くよ。お父さんとお母さんによろしくな。しっかり勉強するんだよ」
そう言い残して祖父はタクシーから降りずに去っていった。


その夜、母が帰ってきたのは七時頃で、随分切羽詰まった顔をしていた。
すぐ病院に行くから支度しなさい。おじいちゃんが危篤なの。
そこでようやくNさんは思い出した。会うのが久しぶりだったのは、祖父がずっと入院していたからだった。
どういうわけか今日はそれを思い出さないまま、祖父が元気に歩き回っているのを当たり前のように受け入れていた。
病室に入った時祖父はまだ息があったようだが、口を酸素マスクに覆われたままベッドに横になり、目を閉じてぴくりとも動かなかった。
そのまま意識は戻らず、日付が変わる前に祖父は帰らぬ人となった。


葬儀にはあの日訪ねた寺の住職と祖父の友人もやってきたが、直接話す機会がなく、Nさんはあの日本当に祖父と一緒に訪ねたかどうか確かめることはできなかったという。