花瓶

朝、起床したKさんが水を飲むために台所に行くと、テーブルの上に陶器の花瓶が置いてあり、そこに白いユリの花が三輪ほど生けてあった。
奥さんはまだベッドにいたが、昨夜のうちに生けたのだろう。しかしそれまで奥さんが家に花を飾ったことはほとんどなかった。
珍しいこともあるもんだ……と思いながら水を飲み、コップを洗ってまたテーブルに視線を戻したところで変化に気がついた。
花瓶に挿してあった花が無くなっている。たった今確かにそこに花があったのに、今は花瓶しかない。水を飲んでいたほんの数秒の間に花が消えていた。
Kさんは奥さんと二人暮らしで、奥さんはまだ起きてきていない。Kさんが水を飲んでいた間、誰も台所に入ってこなかったのだから誰かが花を動かすことはできなかったはずだ。
一体どこに消えた? とテーブルの周りを見回したが花などない。
まさか花瓶の中にずり落ちたのか?
そう思ったKさんは花瓶の口を覗き込んだ。
そこで誰かと視線が合った。花瓶の中に目がひとつあり、Kさんを見上げている。花瓶の中の水にKさんの目が映っているのではなく、確かにそこに黒い瞳の目がある。
その目がぱちぱちっとまばたきをした。
うわっ、なんだこれ!?
仰天したKさんは寝室に行ってまだ横になっている奥さんを叩き起こし、花瓶を見せるために台所に連れてきた。
その時には花瓶そのものが消えていて、家のどこにも見当たらなかったという。