覗く男

Rさんは休日に奥さんと出かけた帰り、酷い渋滞に捕まった。
どうやらその日は市内のサッカースタジアムで試合があり、帰る観客の群れに巻き込まれてしまったようだった。片側二車線の幹線道路が車で埋まっていて、いつもならほんの数分で通り過ぎるようなところを三十分以上かけて進む有様だ。
あまりの混雑にイライラしながらハンドルを握っていたRさんだったが、ふとドアミラーに目をやると路上に人が立っているのが見えた。半袖シャツを着た男で、後ろにいる車の中を覗き込んでいるようだ。
何をしているんだろう。いくら渋滞中とはいえ、走行中の車にああやって近づくなんて危ないじゃないか。
そこで前の車が少し前進したので、一旦Rさんの注意はその男から離れた。しかし十メートルも行かないうちにまた進まなくなる。
助手席に座っている奥さんは眠ってしまったのか、うつむいて黙っている。ラジオの音をしばらく聞いていたRさんだったが、先程のことを思い出して再びドアミラーを見た。
またしても後方の車を覗き込む男がいる。車の位置が少し変わったので覗かれているのは先程とは違う車だが、男の姿勢は全く同じだ。
まだやってるのか。なんなんだ一体。
少し気になったRさんは、振り向いてそちらを直接見ようとした。
――ねえあなた、ちょっと。
すると黙っていた奥さんが話しかけてきたので、助手席の方を向いた。奥さんは先程とは打って変わってしきりに話しかけてくる。
居眠りしてたと思ったら急にこんなにしゃべり始めるなんて、小さな子供みたいだな。
微笑ましく思ったRさんだったが、話し相手ができたのでそれからはあまり退屈せずに済み、渋滞もそれから二十分ほどで抜けることができた。
すると奥さんは後ろを振り返りながら言う。
もういなくなったみたい……。


いなくなった? 何が?


さっき車がほとんど進まなかった頃、ずっと後ろの窓から誰かが覗き込んでたの。横目でしか見なかったから顔はよくわからなかったけど、ずっと覗かれてた。普通じゃない感じだったからまともに見ないように寝てるふりをしてたんだけど、あなたが後ろを気にしてたから、話しかけたの。


覗かれてたって、何だよ……と返事したRさんだったが、そこでドアミラー越しに見た男の姿を思い出した。
俺が見た時に覗き込まれていたのは後ろの車だった。同じようにこの車も覗かれていたのか?
車がスピード出し始めてからもしばらくは付いて来てて、怖かった……。奥さんは心底ほっとしたように溜息をついた。