冷蔵庫の声

Sさんが仕事から帰ってきて自宅のアパートへ帰ってきたときのこと。
玄関の鍵を開けて家へ入ると、台所に妻が立っているのが見えた。
ただいま、と声をかけたが返事がない。
どうかした、と台所へ入って妻にもう一度声をかけたが、妻は無言で冷蔵庫をじっと見つめている。
その様子にただならぬものを感じて肩を揺さぶると、ようやくそこで妻はSさんの存在に気づいたようで「あ、おかえりなさい」と返事をした。
一体どうしたんだ、疲れてるのか?とSさんが尋ねると妻はそうではないと首を振った。
冷蔵庫の中から誰かの声がするのだという。
夕食の支度を始めようと台所へ入ったところ、冷蔵庫のモーターがいつになく唸っている。
おかしいな、調子が悪くなったかな?と冷蔵庫のドアを開けてみたがいつも通り冷えているし特に変わった様子もない。
開けたところでモーター音も小さくなった。
大丈夫みたい、と食材をいくつか取り出してドアを閉めたところ、数秒してまたモーターが唸り始めた。
電気屋さんに調べてもらった方がいいのかな、と思っているとだんだんその唸り声が人の声に聞こえてきたのだという。
テープレコーダーを早回ししたような甲高い変な声で、何と喋っているのか聞き取れない。
何なのこれ、とまた冷蔵庫のドアを開けてみたがその声はどこから出ているのかわからない。
すぐにまた冷蔵庫を閉めたが声は鳴り止まず、気味悪く思っているところにSさんから肩を掴まれたのだという。
肩を掴まれた途端に謎の声は聞こえなくなったらしい。
しかしSさんは台所に入った時も特には変わった声もモーターの唸りも聞いていない。
やはり妻が疲れておかしな幻聴を感じたのではないかと考えた。
少し休んだら?と妻をなだめながらリビングに行くと、テーブルの上には夕食が用意されていた。
白いご飯と味噌汁が湯気を立てており、おかずとしてサラダと炒め物が並んでいる。
まあとりあえずご飯にしようよ、俺もお腹減ってるし、と促すと妻は呆然とした様子で言う。
「私、ご飯まだ作ってない……。これ、私じゃない……」
えっ。
もう一度テーブルをよく見ると、奇妙なことに食事は四人分あった。Sさん夫妻の茶碗とは別に、来客用の茶碗と箸を使って二人分の食事が用意されている。Sさん夫妻は二人暮らしで、その日は来客の予定もなかった。
そう言えばたった今見た台所の流しにも、洗い物の類いは見当たらなかった。料理をした後にしてはきれいすぎる。
じゃあこれは一体誰が、どこで作ったんだ?
Sさんも流石に気味悪く感じて、その食事には一切手を付けずに全て捨ててしまったのだという。