停留所

Tさんは高校への通学にバスを利用していた。
それなりに利用客の多い路線ではあるのだが、Tさんの家に近い停留所は峠の上にあり、他の客があまり乗り降りしない。
だから乗る時も降りる時もほとんどTさん一人で、そのためバスの運転手にも顔を覚えられたくらいだった。
ある朝、部活動の朝練に向かうためにいつもより早く停留所に向かったTさんだったが、そこには珍しく先客がいた。
バス停には屋根はないが古びた青いベンチがひとつ置いてある。
そのベンチの下に、紺色の浴衣を着た人が頭を突っ込んでもぞもぞ動いているのだ。
落し物でもしたのかと思いながらTさんは少し離れたところでそれを見ていたが、それから十分ほど経ってもバスが来ない。
せっかく一本早い便に乗ろうと早起きしたのに、バスが遅れたら意味がないじゃないか。
すこしイライラしながらベンチの方に再び目を向けると、浴衣の人物はまだベンチの下でなにやらやっている。
一体何をしているんだろう、よっぽど小さいものを落としたのかな?
少し興味を持ったTさんは、バス待ちの暇つぶしも兼ねてその人物に声をかけてみることにした。
ゆっくり近づきながら「おはようございます。どうかしたんですか?」と話しかけてみたものの、ベンチの下からは特に返事がない。
あのー、ともう一度声をかけた時、浴衣の人物はベンチの下から上半身を抜いて立ち上がった。
Tさんの喉から短い悲鳴が漏れた。
浴衣の人物の襟元から上には首がなかった。と言っても切断された様子はなく、首のあるべき場所にはつるりとした肌が覗いている。
一見浴衣を着たマネキンのようだが、動いている。
何だあれ!?
Tさんは驚いて腰を抜かしそうになったが、それより早く首なしの浴衣は身を翻して走り去ってしまった。首なしのくせに伸び伸びとした実に綺麗なフォームだったという。
あっという間にその後姿は見えなくなり、それからすぐにバスが到着した。
朝練には何とか間に合ったTさんだったが、昼休みになってからもう一度驚いた。
家から持ってきた弁当箱の中身がすっかり空になっている。朝、母親から弁当の包みを受け取った時には重みがあったのを覚えているから初めから空だったということはない。
あの首なしの仕業か!?一体いつの間に!?


それ以降、Tさんは家から弁当を持っていくのはやめて学校の購買でパンを買うことにした。
そのおかげかどうかはわからないが、その後停留所で奇妙なことに遭うことは一度もなかったという。