無花果

Iさんという人が庭に植えてあったイチジクの木を根こそぎ抜いてしまった。
毎年実をつけていて、家人も気に入っている木だったのだが、なぜ突然抜いてしまったのか。
それはこんなことがあったためだという。


ある晩、Iさんが仕事から帰ってくると家の前に誰かが寝転がっている。
うつ伏せになって顔は見えないが、手足をきちんと伸ばして「気をつけ」の体勢のまま、アスファルトに寝そべっていた。
薄暗いので細かい様子はわからなかったが、体調を崩して倒れているのだとすれば大変なので、Iさんは近寄って声をかけた。
その途端、その人物は気をつけの姿勢を崩すことなく、道路の上を音もなく滑るように動いてあっという間に見えなくなった。
人間にできる動きではない。
とんでもないものを見た、と慌てたIさんはそのまま家に入ったが、たった今見たものについては家族にも黙っていた。
一体あれがなんだったのか、Iさん自身にも整理が付かなかったためだった。


その翌日からだったという。
庭に植えてあるイチジクに、人の歯型が付くようになった。
幾つか生っているまだ青い実や、生い茂った葉の何枚かに、いつのまにかはっきりと人の歯型がついている。
いくつかは食い破られてもいた。
昼夜を問わず、少し目を離したような隙にさえ、歯型は増えた。
それがとにかく気味悪くて、Iさんはとうとうイチジクの木を抜いてしまったのだという。