金閣

看護師のRさんの話。
新人だった頃、先輩看護師と一緒に廊下を歩いていたときのことである。廊下の窓からは中庭の向こう側にもうひとつの病棟が見える。
その向こうの病棟の二階が、なぜか眩しい。窓越しに見える屋内が金色をしている。一面に金箔を貼ったようで、まるで金閣寺だと思った。
普段はもちろんそんな色ではない。金ピカの病院など見たことがない。一体何が起きているのだろうか。
足を止めて眺めていると先輩にどやされた。何してるの、早く行くよ。
いやでも、あの色おかしくないですか?
Rさんが向こうを指差すと、先輩はそちらを一瞥してからすぐまた歩きはじめた。
あれ、たまにあることだから気にしないで、ほら忙しいんだから行くよ。先輩は感動もなくそんなことを言った。
気にするなと言われても気になる。何しろ金閣寺だ。しかし先輩の言う通り、忙しいのも事実なのでそのときはそのまま通り過ぎた。
数十分後に用があって先程金色だった病棟に行ったときには、いつも通りの色に戻っていた。
あれって何か、患者さんと関係あったりするんでしょうか。ほら、患者さんが危ないときになにか起こるみたいな怪談あるじゃないですか。
後日、病棟が金色に見えた件について先輩にそう尋ねると、鼻で笑われた。
何だかわけがわからないものとそうやって関連付けたら患者さんに失礼でしょ。原因もわからないのに勝手に結びつけて解釈するのはよくないよ。
そう窘められて、それ以上は追求できなかった。先輩としてもこの件についてあまり進んで話したくはないらしい。
他の職員の中に何人も、見たことのあるという人がいた。しかし誰もその原因は知らず、特に実害がないからみんな気にしていないということらしい。
その後も年に一度か二度くらいは同様の現象に出くわした。
特に前触れとなるような出来事もなく、反対になにかの前触れとなっているようにも思えなかった。
ただ、患者さんたちからこの件に関して話が出たことは一度もなかった。職員にしか見えないということなのだろうか。
今もRさんはその病院で働いている。