赤ん坊

Oさんが中学一年生の時の話。
休日に友人ふたりと約束して市内の川に釣りに出かけた。
河原に腰掛けてしばらく釣りをしていると、Oさんの隣で釣りをしていた友人が呟いた。
「何か変なのが見える」
「変なのって何よ?」
Oさんが聞き返すと、その友人は対岸を指差した。
三十メートルほど離れた対岸には、川沿いに並ぶ民家の間に石造りの鳥居が立っている。
この鳥居からはさらに奥に参道が延びていて、その先には小さな神社があるのをOさんも昔から知っている。
友人の話によると、その鳥居の向こうから時々人が出てくる。
「それってただの通行人じゃん?」
もうひとりの友人が指摘すると、通行人自体が変なのではないという。
じゃあ何が変なんだよ、と聞くと、友人はほらあれ、と言ってまた対岸を指差した。
指差す先ではちょうど中年の女性がひとり、鳥居の向こうからやってくるところだった。
その肩越しに、何かを背負っているのが見えた。
赤ん坊だった。
女性の肩越しに、赤ん坊の小さな顔が見えている。
しかしそれのどこが変だというのか。
単に女の人が赤ん坊を背負っているだけではないか。
別に変じゃないだろ、とOさんが言いかけたとき、赤ん坊の頭がふっと見えなくなった。
そのまま女性は鳥居の前を曲がって、川沿いに歩いてゆく。
その背中には赤ん坊の姿などない。
「ほら、赤ちゃん消えた。さっきから三回くらい見たよ、あれ」
もう釣りそっちのけになって、それから三人でずっと対岸を注視した。
それから二時間ほどで十人が鳥居から出てきたが、そのうち六人の肩に赤ん坊の頭が見え、どれも鳥居を過ぎたところで消えた。
赤ん坊を背負っている人とそうでない人に何の違いがあるのか、Oさんはふと気になったが、見ていてもよくわからなかったという。