きれます

二年ほど前、茨城県のある中学校でのこと。
その日は全校一斉の体力テストを実施していて、生徒がクラスごとに体育館やグラウンドに集まって各種の測定種目を順番にこなしていた。
その最中、体育館で二年生がシャトルランをしていた時のことである。
シャトルランとは20メートルの距離をだんだん速くなる合図の音に合わせながら何度も往復する、持久走の一種だ。
この時測定していたのは二年生の男子だったが、なぜか一緒に二年生の担任の一人である男性教師も参加して走っていた。バスケットボール部の顧問を務める若い先生で、あまりやる気を見せない生徒たちを応援する目的で一緒に走る気になったらしい。
そうやって数分間生徒たちと先生が一緒に走っていると、体育館のスピーカーからノイズ混じりの音が流れだした。
どうも誰かがボソボソと喋っているようなのだが、声がマイクから遠いのか、ノイズのせいもあってはっきり聞き取れない。
――誰だろこの声?
と休憩中の生徒たちは顔を見合わせたが、そこへキィーンというハウリング音に続いて一声、はっきりした言葉が体育館に響いた。
「きれます」
その次の瞬間、一緒にシャトルランをしていた先生が突然崩れるようなな体勢で転び、そのまま脚を押さえて苦しそうな声を上げた。
先生は救急車で運ばれ、アキレス腱が切れていたことが判明した。
倒れた時に近くにいた生徒にはブチッというはっきりした音が聞こえたという。
準備運動の不足や無理な運動が祟った結果だというのが大方の意見だったが、それはともかくとして不気味だったのはスピーカーから直前に聞こえていた声だ。
体育館のスピーカーは体育館の放送室と校舎の放送室のどちらかからの放送を流すことができる。
先生が倒れた時、そのどちらも施錠されて誰も入っていなかったはずだという。
ならばなぜスピーカーから声が流れていたのか。
きれます、というのは一体何のことだったのか。アキレス腱が切れたことと何か関係はあったのだろうか。
そのことについてはしばらくの間校内で語り草だったが、今に至るまで何一つわからないままだという。