老犬

Uさんが小学生の頃、通学路の途中にある家に一匹の犬が飼われていた。
白い中型犬でもう結構な老犬らしく、Uさんが見たときには軒下に横たわっていることが多かった。
吠えたところも見たことがなかったくらいだから、通行人にとってはいてもいなくても同じようなもので、Uさんも毎日そこを通っていながら、ほとんどその犬には注意を払っていなかった。


ある日の夕方、Uさんが同じクラスの四人で学校から帰る途中のこと。この老犬がいる家の前をいつものように通りかかるといつもと違うことが起きた。
唸り声が聞こえる。
見れば、いつもはおとなしい老犬が立ち上がってこちらを睨み、歯を剥き出して唸っている。
鎖で繋がれているから飛びかかってきたとしてもこちらには届かないだろうが、珍しいこともあるものだと思った。一体何に怒っているのか。
犬はもう我慢できないというように激しく吠えた。
一緒にいた友達のひとりが酷く怯えて、ひゃっと小さく声を漏らして後ずさった。
確かに犬は激しい剣幕だが、そこまで怖がらなくてもいいだろ。笑いながらUさんはそちらを見たが、誰もいない。
見回しても、自分を含めて三人しかいない。もうひとりはどこへ行った。犬が怖くて逃げたのか。
しかしこの一瞬で隠れられるようなところも見当たらない。
そもそもわからないことがある。――いなくなったのは誰なのか。
今さっきまでは四人で歩いていたのに、ひとりいなくなっている。それは確かだというのに、いなくなったひとりが誰なのかがわからない。
今いる三人はお互いによく知った顔なのに、もうひとり、学校から一緒に歩いてきたはずの子は誰なのか。
思い返しても顔も名前も浮かばないのに、いなくなるまでその存在にまるで疑問を抱かなかった。
当たり前のように仲良く話しながら歩いていた。その話していた内容も曖昧で思い出せない。そのことが全く不思議だった。
気がつけば犬はすっかりおとなしい様子で、またいつものように横になっている。あれほど興奮していたのが嘘のようだった。
化かされたような気分でUさんたちはその場を立ち去った。
翌日の教室でクラスメイトの顔を確かめても、あの時消えたのが誰だったのかは全くわからなかった。
本当にあれがクラスメイトのひとりだったかどうかさえ、わからなかったという。