今から50年以上前、Oさんの祖父は福島の山中で炭焼きをしていたという。
Oさんが物心ついた頃にはもう辞めて街に住んでいたが、Oさんがせがむと祖父は喜んで当時の話を色々語ってくれた。
ある時祖父はOさんにこんな話をしてくれた。
誰にも会わないでひとりで山の中にいるとな、時々山が話しかけてくるんだ。
人の声じゃない、周りには誰一人いないんだ。
でも誰かの声が聞こえる。
なんて言ってるかは聞き取れないが、とにかくずっと何か言ってるんだ。
それが聞こえた時は、ずっと聞こえないふりをしてた。
返事なんかしないで、大声で歌を歌ったりしたんだ。そうしてるうちにいつのまにか聞こえなくなる。
話し声じゃなく、笑い声が聞こえることも何回かあった。
周りの山々から、少しずつ笑い声が響いてくるんだ。
悪戯をした子供が口を抑えてこっそり笑うような声だ。
それもこっちが聞こえないふりをしているうちに、だんだん数が増えていく。
そのうちに山じゅうが包まれるように笑い声がうわあんと響いて、こっちの腹までブルブル震えるくらいだった。山そのものが笑ってるみたいだったな。
でもそういう声ってのはな、山に入ってすぐのうちは聞こえてこないんだ。
ずっと山の中にいると、だんだんそういうのが聞こえることが増えていくんだ。
長く山にいるうちに、人間の中のなにかが変わるのかもなあ。
祖父は結局山に戻ることなく街で亡くなり、今でもOさんは山を見るたびに祖父の話を思い出すという。