四十八/ 地震犬

Oさんの住んでいる町が、さる大地震で甚だしい被害を受けた時のこと。
避難するときにお隣の前を通りかかると、お隣さんは一家揃って家の前に出ている。
お隣の家は一階部分が無残に潰れて、とても中にいたら助からなかったような有様だ。
しかし、地震が発生したのは早朝のこと。
なぜお隣さんはいち早く揃って脱出していたのだろうか。
見れば、お隣さんは一家揃ってぼろぼろ涙を流している。
さぞショックなのだろうと、Oさんは避難所まで同行した。
避難所に着いて少し休んでから、お隣の奥さんに話を聞いてみると「ジョンが助けてくれた」と言う。
お隣さんは室内犬を一匹飼っていた。
ジョンはその犬の名前である。
しかしジョンは数年前に老衰で死んだのではなかったか。
詳しく聞いてみると、こういうことだったらしい。

地震が発生する少し前まで、家族はいつものように寝ていた。
すると突然、近くで犬の吠える声が聞こえた。
不思議なことに、別々の部屋で寝ていた全員が皆、至近距離でこの声を聞いたらしい。
声には聞き覚えがあった。ジョンである。
訝しんで皆が起きてみると、また声がした。今度は玄関の辺りからだ。
皆が玄関に集まってくると、また声がした。今度は家の外である。
――ジョンはひょっとしてどこかへ呼んでいるのではないか。
皆がそう思いながら、玄関からぞろぞろ出たその時、ぐらっと足元が揺れた。
ほとんど立っていられないくらい強い揺れの中、家は目の前で潰れてしまった。
呆然としながらも「ジョンが助けてくれた」と家族揃って泣いたという。
そういえばかつてOさんはお隣さんから聞いたことがあった。
ジョンは普段はほとんど吠えることがなかったが、地震が来た時だけは必ず吠えた。
寝静まった夜だろうと、人間が気付かないようなかすかな揺れだろうと吠える犬だった、と。