六十一/ 不測の欠勤

Fさんはその朝、いつものように車を運転して出勤した。
勤め先の地下にある駐車場に車を停め、車の鍵に手を伸ばした時「あれ? 」と思った。いつもと感触が違う。引き抜いてみると、やはり自分の車の鍵ではない。
狼狽しながら視線を上げると、また驚いた。車の内装も全く違う。明らかに自分の車ではなかった。いつの間に乗り換えたというのか。
しかしその車には見覚えもある。それは実家の父親の車だった。そういえば鍵についているキーホルダーも実家で見た覚えがある。
更に、車の外を見てもっと驚いた。そこは勤め先の駐車場ではなかった。下宿から車で一日はかかる、Fさんの実家の車庫の中だったのである。時計を見ればいつも会社に着くのと同じ時間を指している。どの交通手段でもそんな短時間で着けるはずがなかった。
慌てて車から飛び出し、車庫からも飛び出したところにちょうどFさんの母親が庭の水まきをしていた。「あんた、いつ帰ってきてたん? 仕事は? 」そう言われてもFさんにも何とも答えようがない。
始業時間が近づいたが、もうその日の仕事には間に合うはずもない。仕方なしに上司に電話をして、欠勤する旨を伝えた。
電車で下宿に戻ってみると、駐車場にFさんの車はちゃんとあって、鍵はハンドルの脇にささったままだった。それを見て、Fさんはむしろ車上荒らしにあわなかったか心配になったという。