六十二/ 子猫の声

Tさんが小学生の頃の話。
仲のいい友達と家の近くで遊んでいた時、どこからか子猫の鳴く声がした。弱々しい声で助けを呼んでいるように聞こえる。声のするほうに行ってみることにした。
声はどうも道路の側溝の中から聞こえてくるようだった。見える範囲の側溝には蓋がしてある。子猫がその中に閉じ込められているのだろうか。側溝の蓋は何枚かおきに網になっている。そこから子猫を呼んでみることにした。
呼ぶ声に応じたようで、声はだんだん近寄ってくる。網に顔を近づけて見守った。
だが、蓋の下からにゅっと覗いたものは猫などではなかった。それはしわだらけの老人の顔で、奇妙なことに茹でた海老のように真っ赤な色をしていた。Tさんたちの唖然とした顔を見上げて、表情を変えずにまた一声鳴いた。猫そのものの声だった。
Tさんたちは悲鳴を上げて、泣き叫びながら逃げた。その晩両親に「こわいおじいさんがいた」と話すと変質者かと思ったようだったが、側溝の中にいた、というとそれ以上信じてもらえなかった。そのあたりの側溝は大人がひとり入れる幅ではないからである。
以来、Tさんはその近くには決して近寄らないようになった。また、今でも猫の鳴き声が苦手らしい。