マンホール

Yさんが中学生の時のことだという。
彼がいつものように帰り道を歩いていると、前方から何か重いものを叩くような鈍い音が聞こえてくる。
一緒に歩いていた友達と音のする方へ行ってみると、音は路上のマンホールから響いていた。
ゴン、ゴンッ。
誰かがマンホールの蓋を中から叩いているように思えた。
面白がった友人が、音に返答するように足でマンホールを叩いた。
すると、マンホールの中からくぐもった声が聞こえた。
「誰かいるのかー!?開けてくれー!」
重い鉄の蓋越しなので聞き取りにくいものの、男の人の声である。
誰だかわからないが、閉じ込められているのだろうか?
「どうしたんですかー?出られないんですかー?」
そう声をかけると、返事があった。
「仕事でここに入ったんだけど、蓋が開かなくて出られないんだ!開けてくれ!」
やはりこの人はマンホールから出られなくなっているらしい。
Yさんたちはすぐにマンホールを開けようとしたが、指を掛けるような部分がないので素手では開けようがない。
仕方がないので誰か大人を呼んで来ることにした。
マンホールに向かって少し待っているように声をかけてから、そこから五分あまりの距離にある友達の家に走った。
友達の家には彼の祖父母がいたので、事情を話して一緒に来てもらうことにした。
急いで先ほどの場所に戻ると、マンホールが見当たらない。
あれ?ここじゃなかったか。それじゃもっと向こうか。
Yさんたちは学校から帰ってきた道を、マンホールを探してまた逆戻りしていった。
しかしどこまで行っても先ほどのマンホールが見当たらないうちに、学校の近くまで来てしまった。
友達の祖父が呆れたように言った。
「学校までの道に、マンホールなんて無えだろ。いたずらじゃなけりゃ、何かの間違いだな」
そう言われてみると、確かに今まで通学路でマンホールを見た記憶もない。
通学路は田んぼの間に続くあぜ道であり、マンホールなどあるはずもないのだ。
しかし先ほど見たときには、その存在に疑問を抱くこともなく、いつも見ているもののように感じていたのが不思議だった。
マンホールを叩く音と蓋の下から響く声は、Yさんの記憶にはっきりと残っている。


結局、その後もYさんが通学路でマンホールを見かけることはなかった。
あの時マンホールを開けることができていたらどうなっていただろうか。
後になって、それが少し気になっているという。