ビニール袋

Mさんが高校一年生の冬のことである。
風邪で高熱を出して学校を休んだ彼女だったが、薬を飲んでずっと寝ていたところ昼頃には熱が引いた。
しかし流石にまだ頭がくらくらするので、軽く食事をしてからまた自室で横になっていた。
しばらく寝ていたのでそうそう眠れず、何度も寝返りをうちながらぼんやり過ごしていると、二時過ぎになって玄関の鍵が開く音がする。
続いて「ただいまー」と母の声が聞こえてきた。
ああ、お母さんが早く帰ってきてくれたんだ。
そのまま横になって聞き耳を立てていると、廊下にビニール袋に入った何かを置く音がした。
ドシャッ。
私のために何か買い物してきてくれたのかも。
そんな期待を抱きつつ、母が顔を出すのを横になって待っていると、再び廊下にビニール袋を置く音が聞こえた。
結構いろいろ買ってきたみたい。
そう思っていると、十秒ほどしてまた廊下で音がする。
ドシャッ。
また少し経って、もう一度ドシャッ。
そこでふと疑問を持った。
あれ、本当に買い物なのかなあ?
重そうな袋が四つとなると、一人で買ってくるには多すぎるようにも思える。
一体、母は何を運び入れているのか。
どうにも気になったMさんは、起き上がって部屋から出た。
すると意外なことに、廊下のどこを見ても袋などひとつもない。
あれ?廊下だと思ってたけど、台所?
台所を見に行くが、やはりビニール袋は置いていない。
それどころか、帰ってきたはずの母の姿も見つからないのだ。
母の寝室やトイレにも、誰ひとりいなかった。
玄関を確かめてみると、先程開いたはずの鍵がかかったままになっている。
鍵をかけた音は聞いていないのに。
一遍に不気味さと心細さに襲われたMさんは、すぐに部屋に戻って布団に潜った。
すると、十秒ほどして再びあの音が聞こえてきた。
ドシャッ。
ドシャッ。
ドシャッ。
ビニール袋を置く音は断続的に響いてくる。
そしてMさんはもうひとつ、奇妙なことに気が付いた。
袋を置く音は聞こえるのに、廊下を歩く音は全く聞こえないのである。
もはや母どころか、生きた人間がいるようには思えなかった。
耳をふさぎながら布団をかぶっているうちにMさんは眠ってしまったらしく、四時前に目が覚めた時には母が本当に帰ってきていた。
もうあの音もしておらず、もしかすると夢だったのかもしれないと思っていたところで母が言った。
「私が帰ってきた時廊下が濡れてたけど、あれどうしたの?」
Mさんが二時過ぎに廊下に出た時には、確かに廊下は濡れていなかった。
もちろん、先程の一切が夢でなかったならばではあるが。
廊下が濡れていたことと先程の音の関係はよくわからないものの、やはり気味が悪かった。
そんなことがあったせいかどうかはともかく、Mさんはまた体調を悪くし、再び高熱を出して翌日も学校を休んだ。
翌日は母が休みで一日看病してくれたせいか、特におかしなことは起こらなかったという。