部屋の中

真夜中のこと。
高校生のTさんが二階の自室で寝ていると、窓ガラスを誰かがバンバン叩く音で目が覚めた。
ベランダに通じる窓にカーテン越しに人の影が映っているのが見える。
不審者か!?と身構えたが、近寄ると窓の向こうから小さな声で呼んでいるのがわかった。
「おい、入れてくれ、おい」
恐る恐るカーテンを開けてみるとベランダにいたのは大学生の兄だった。
両親の目を盗んで遊びに行き、帰ってきたところらしい。
しかしそれならば兄の部屋に直接戻ればいい。Tさんの部屋と兄の部屋はベランダが繋がっている。なぜわざわざTさんの部屋に来る必要があるのだろうか。
そう尋ねると、兄はいつになく真剣な表情で言った。
「……今な、俺の部屋に知らない女がいたんだ」
遊んで帰ってきた兄は、よくそうするようにベランダから自分の部屋に戻ろうとした。
一階の窓の庇や壁の段差に手を掛ければ、玄関を通らずに部屋の外のベランダに上がることができる。
両親に気付かれずに自室に出入りするにはこれが一番便利だった。
馴れた具合でいつものようにベランダに上がり、部屋の窓に手をかけた兄だったが、その夜は勝手が違っていた。
窓の錠が掛かっていて、開けられないのである。
部屋を出るときに間違いなく錠は外しておいたので、外出中に誰かが掛けなおしたということになる。
咄嗟に疑ったのは、両親が外出に気付いて懲らしめるために錠を掛けたということだった。
もうバレているなら仕方がないので堂々と玄関から入るかとも考えたが、まだバレたとはっきりしているわけでもない。
どうすべきか、と窓の前で悩んでいると、部屋の中でカーテンがすっと開いた。
カーテンを開けたのは三十代くらいの女で、全く見覚えのない顔だった。
予想外の事態に固まってしまった兄だったが、部屋の中の女もひどく驚いた様子で、数秒間は双方動かずに見つめ合っていた。
先に動いたのは女の方で、急いでカーテンを閉めるとすぐに部屋の明かりが点いた。
兄も急いで家の中に入ろうと、ベランダを伝って隣のTさんの部屋までやってきたのだという。


――そういう詳しい話は後で聞いたもので、その時はすぐに窓から入ってきた兄と一緒に兄の部屋に行ってみた。
しかし明かりなど点いておらず、部屋の中には誰の姿もない。クローゼットの中やベッドの下も見たがやはり誰もいない。
念のため他の部屋も見まわったが特に変わった所は見当たらず、玄関も窓も全て錠が掛かっていた。
結局兄の言う女の姿などどこにもなかったが、その騒ぎで起きてきた両親に夜遊びがばれた兄はこっ酷く叱られたという。