出て行く

大学生のFさんが友人の住むアパートに初めて遊びに行った時のこと。
友人の部屋のある3階でエレベーターを降り、部屋番号を確かめながら歩いてゆくと眼の前でドアがひとつ開いた。
中からは背広を着た七十歳くらいの白髪の男が出てきて、部屋の中に深々と頭を下げるとFさんとすれ違って去っていった。
部屋番号を見ると、背広の老人が出てきたのが正に友人の部屋だ。
呼び鈴を押すとドアの錠を回す音がして、友人がFさんを招き入れた。
「今出てきたじいさん、誰?」
Fさんが尋ねると友人は急に真面目な顔になった。
友人が逆に聞いてくる。
「そのじいさん、スーツ姿で白髪だったか?」
「あー、そうだった」
「俺の部屋に向かって頭を下げてから立ち去ったか?」
「そうそう」
「……じゃあ、じいさんが部屋を出てから、鍵を掛ける音は聞こえたか?」
そう言われると、そんな音はしていなかった。
しかし、Fさんが部屋に入った時には錠を回す音が確かに聞こえた。
その後ドアが開いたのだから、あれは錠を外した時の音だったはずだ。
ならば、老人が出てからいつ錠は掛けられたのだろうか?
友人の部屋の扉はただのシリンダー錠で、オートロックなど付いていない。
Fさんが首を捻っていると、友人はにやりと笑って言った。
「俺はそのじいさんに会ってないんだ。お前が来るまで俺はずっとここにいたけど、そんなじいさんは入ってきてない」
「そんなわけないだろ、出て行く所をはっきり見たし」
「前から時々あるんだよ。実家でもそうだったんだ。家から出て行くじいさんを見たっていう人が何人もいるのに、家の人間は誰もそんな奴を見たことがないんだ。俺も一回見てみたいんだけどなあ」
そう言われてもFさんは確かにその老人の姿を見ているので、友人の話を鵜呑みにはできなかった。
しかし、他の友人も同じ状況でその老人を見たという話がその後何度かあり、だんだん気味が悪くなってきたのでその友人の家にはあまり行かなくなったという。