来客

Fさんのお母さんは、かつて生け花の先生をしていた。
だいぶ前に人に教えるのはやめてしまったそうだが、それ以来も生徒だったという人が時々訪ねてくることがあるという。
日曜日の午後、Fさんが二階の自室でうとうとしていると階下で玄関チャイムが鳴った。
両親は朝から親戚の所に出かけて夜まで戻らない。
飛び起きて手櫛で髪を整えながら玄関を開けると、見知らぬ中年女性がひとり立っていて「先生いらっしゃいますか」と言う。
母は夜まで出かけていると告げると、女性は残念そうな様子で去っていった。
Fさんはまた自室に戻ってベッドに横になると漫画を読みはじめた。
そうして一時間ほど経った頃だろうか。
また玄関チャイムが鳴った。
今日は来客が多いな、と思いながらまた玄関を開けるとそこにいたのは先程の女性である。
「先生いらっしゃいますか」
先程と全く同じように聞いてくる。
ですから今日は夜までいないんです、すみませんが別の日においでください。
少しうんざりしながらFさんが言うと、女性はそうですか、と言って再び去っていった。
ちょっと変な人だったな、と思いながらFさんはまた自室に戻り、ベッドに横になった。
何だかもう漫画を読むような気分でもなかったので、そのままうとうとしているうちに眠り込んでいた。
ふと目を覚ますと先程から三十分ほどしか経っていない。
時計をぼんやり見つめながらそのまま横になっていると、また玄関チャイムが鳴った。
本当に来客の多い日だと思いながら飛び起きたものの、一階に下りた時点でまさか、という疑いが湧いた。
玄関の隣にある座敷のカーテンの隙間からそっと外を窺うと、玄関前に立っているのはやはり例の女性のようだった。
先程ああ言ったのにまた来るとは、どうも普通ではない。
もう玄関を開けるのはやめて、居留守を使うことにした。
Fさんが座敷で息を潜めていると、玄関チャイムはしばらく鳴り続けていたがやがて止んだ。
これでもう帰ってくれるかな、とまたこっそりカーテンの隙間から覗くと、まだ女性は玄関前に立っている。
しかし様子が先程と違っていた。
頭の上から足の先まで白一色なのである。
服が白いどころではなく、髪の毛も顔も首筋も手足も、すべて絵の具で塗ったように真っ白だった。
白い中年女性は、何をするわけでもなくただ玄関前に立っている。
何だあれ!?
気味の悪さのあまり、Fさんは窓から飛びのいてそのまま自室へと駆け上がった。
布団を被って携帯電話から両親に電話をかけたが、圏外なのかどちらにも繋がらない。
その後も何度か玄関チャイムが鳴ったような気がしたが、布団を被ったまま部屋から一歩も出ずにいた。
そうしていつの間にか眠ってしまったらしく、目が覚めたのは両親が帰ってきた時だった。
恐る恐るFさんが玄関先を覗いてみると、もう白い女性の姿はなかった。
ただ、玄関先が妙に生臭かった気がしたという。


それ以来、Fさんは留守番中には絶対に来客に応対しないことにしているらしい。