六十五/ 猫との旅

Oさんが四歳のときの話。
昼下がり、ふとお母さんが庭で遊んでいるOさんを見ると、Oさんがお菓子の袋を持っていた。台所から持ち出したものだと思い、Oさんを呼んで取り上げると、お母さんが買った覚えのないお菓子だった。
通りすがりの人に貰ったのだろうか。ならば不審者に貰ったのではないかと心配になり、問いただすと「おばちゃんに貰った」と言う。
「おばちゃんって、Yおばちゃん? 」そう聞くと頷いた。
YおばちゃんはOさんのお父さんの姉で、隣の県に住んでいた。来るという話は聞いていなかったが、少し寄って行ったのだろうか。そう思っていると、電話が鳴った。受話器を取ると、当のYおばちゃんである。
彼女は心配そうに言った。
「Oちゃんがたった今来たんだけど、どうしたの? 」
詳しく聞いてみると、Yおばちゃんが家にいると、呼び鈴が鳴ってOさんが訪ねてきたという。Oさんは一人のようで、両手で飼い猫のクロを抱きしめていた。
四歳児がたった一人で来られる道のりではないので、Yおばちゃんも不審に思ったが、とりあえず家に通した。
「Oちゃん一人で来たの? どうやって? 」と聞くと「クロと一緒に来たの」とだけ答えて、要領を得ない。とりあえずお菓子をあげると、Oさんは礼を言ってまた猫を抱き上げ、スタスタ家から出て行った。
慌てて追いかけると、すでにOさんの姿はどこにも見えない。そこで心配してOさんの家に電話をかけたという。
Oさんのお母さんがOさんから目を離していたのはほんの十五分か二十分くらいのことで、例え車に乗ってもYおばちゃんの家まで往復できる時間ではない。お母さんは何とも言葉が見つからず、詳しいことは後日ということにしてもらって、電話を切った。
お母さんはOさんにYおばちゃんの家まで行ったのか確認したが、やはり「クロと行ってきた」としか説明できない。
クロはその時は辺りに姿がなかったが、夕方になって何事もなかったかのように戻ってきた。


この話をOさんは折に触れお母さんから持ち出されるが、当のOさんはそのことはまったく記憶にないらしい。また、クロはこの話から数年後に失踪してしまい、以後消息不明だという。