五十七/ 夢の中 その一

Nさんの母方のおばあさんは二つ隣の町に住んでいて、Nさんは幼いころからよく泊りがけで遊びに行っていたのだが、そのときに必ず見る夢があった。
一階の部屋で寝ていると、ふと気がつく。眠りに就いた時のまま布団に横になっているのだが、どうも部屋の様子が違う気がする。眼だけ動かしてぐるっと見回すと、寝る前には無かったものが部屋の隅にある。ああこれだ、と思う。それは古びた鏡台で、それをぼんやり見つめているうちに目が覚める。その時にはもう朝になっていて、部屋を見回せば鏡台などやはりどこにもない。
ただそれだけの内容で、その部屋で寝ると必ず見るのでそういうものかと思い、特に疑問に感じたこともなかったし、この夢のことを誰にも話したこともなかった。
しかしNさんが中学を卒業する頃からこの夢に変化があった。最初にそれを見たのは中学三年生の春休みだったという。いつものように遊びに行き、いつもの部屋で寝ていたNさんだったが、夢には変化があった。
気がつくと鏡台があるのは同じだ。だがその鏡に、人の姿が映っている。鏡台の前に人影はないのに、鏡にだけ何者かの姿がある。それはどうやら女性のようで、浴衣か寝間着のような簡単な和服姿で、長い髪をしている。俯いたせいでその長い髪がかかっているせいで顔は全く見えない。そうやって前にたらした黒髪を、手にもった櫛でゆっくり丁寧に梳いている。
奇妙な光景だったが、なぜかNさんには怖いとか不気味だとかいう気持ちは浮かばなかった。しばらくその姿を見ているうちにやはり目が覚めて、朝になっている。起きてから、初めてこの幼いころから何度も見た夢に対して疑問を持った。あの鏡台は一体なんだと言うのか。
早速その日おばあさんに夢の鏡台のことを話すと、聞いていたおばあさんは本当に懐かしいという顔をした。
「ああ、それは私の姉さんの鏡台だよ」
おばあさんは確信を持って言う。


姉さんはずうっと病気でねえ、家で寝ていることしかできなかったのよ。私が小さい頃は時々遊んでもらってね、かわいがってもらったよ。あんたが見たように鏡の前で髪を梳いていたのを私もよーく憶えてる。自由に外に出られない姉さんの、少ない楽しみだったのかも知れないねえ。結局姉さんは二十を幾つか過ぎた頃に亡くなってね。鏡台も確かそのときに処分されたのじゃなかったかな。うん、ちょうど私が今のあんた位の歳のことだったよ。だから、ひょっとしたら姉さんも私だと思ってあんたの前にでてきたのじゃないかねえ。


Nさんはその後も変わらずおばあさんの家ではその部屋で寝ていて、やはり毎回鏡に映る女性の姿を見ていたが、Nさんが二十歳くらいの頃から夢に鏡台そのものが出てくることがなくなったという。