五十八/ 夢の中 その二

Iさんは郊外に買った一軒家に引越ししたその晩から、同じ夢を見るようになった。
夢の中で気がつくと同じ部屋の中にもう一人誰かの気配がする。そちらを向くと、部屋の片隅の机に向かって見知らぬ若い男が寂しげに座っている。Iさんの位置からはその横顔しか見えないが、何か非常に苦しそうな面持ちをしている。男は机の上に手を伸ばしては引っ込め、またおずおずと手を伸ばしては引っ込め、そんなことを繰り返している。やがて男は諦めたように頭を抱えて机に肘を突く。それを見ているうちに目が覚める。おかしな夢を見たものだと思っていると、また数日してIさんは同じ夢を見た。男が座っているところから頭を抱えるところまで全く同じ展開である。
それからも週に二、三回は同じ夢を見るようになったIさんは、あの夢は一体どういうわけだろうかと考えた。机の上に何度か手を伸ばしている辺り、何かを探しているようにも見える。机の上で探すとなれば、やはり文房具だろうか。
試しにIさんが普段は仕舞ってある筆記用具と紙を机の上に出したまま寝てみると、果たしてその晩例の男が夢に出てきた。
男は今度は机に手を伸ばしてから、少し嬉しそうにボールペンを手にとって、それから一心に紙へ何かを書きつけ始めた。自分の考えが正しかったのだと満足しながらIさんが見ていると、やがて男はペンを置いた。そして紙をトントン揃えるとこれも机に置き、立ち上がってIさんの前にやってきて深々とお辞儀をした。男は誠に晴れやかな顔をしていたという。Iさんはそこで目が覚めた。
すぐに机の上を見てみると、寝る前には確かに白紙だった紙にボールペンで短くはない文章が書かれていた。整然としたきれいな字だったという。一通り目を通したIさんは、その日のうちにそれをお寺に持っていって供養してもらった。住職は事情を話さないうちから、何もかもわかったという様子でてきぱき対応してくれたという。
それ以来、Iさんはその夢を見ることはなくなったらしい。


「――それで、その紙にはどんなことが書いてあったんですか? 」
そう私が聞くと、Iさんは首を横に振った。
「あの内容は、あまり人に言わないほうがいいように思うんです。少し、人のプライバシーにも関ることでしたし。多分彼は黙っているのが重荷だったんでしょう。誰かに伝えてしまわなければ楽になれなかったんじゃないでしょうか。だから勿体ぶるわけじゃありませんが、この話は私で止めておいた方がいいように思うんです」