五十二/ 赤い布

アパート住まいの主婦Iさんが夕方、ベランダで洗濯物を取り込んでいるとちょうど眼下の道を旦那さんが帰ってくるのが見えた。
Iさんが手を挙げて合図すると、旦那さんも気付いてIさんの方を見上げたが、そこで何故か血相を変えて、息せき切って走って帰ってきた。
旦那さんは帰ってくるなり肩で息をしながら「何もなかったか!?」と聞く。
Iさんはさっぱり訳がわからないながら「別になかったけど? 」と答えると、旦那さんは少し黙り込んで、おもむろにIさんを外に誘った。
近所の喫茶店に落ち着いてから、不思議がるIさんに向かって旦那さんは言った。
「さっき、君がいたベランダの両側……。ウチの部屋と同じ階の部屋のベランダ全部に変な人がいたんだ」
彼らは一様に頭から胸まで真っ赤な布か何かをすっぽり被って、各ベランダに一人ずつ立っていたという。
旦那さんは結婚以来見たこともないような青い顔をしていて、とても冗談を言っているようには見えない。
一人だけならただの変わった人で済むかもしれないが、並びのベランダ全てにとなると流石に異常と言うほかない。
Iさんは、さっき自分がいたベランダの、仕切りを隔てた向こう側にそんな得体の知れないものと隣り合っていたのかと思って初めてゾッとした。
Iさん夫婦はそれからすぐに引っ越した。