四十二/ 木造校舎 その五(56/100)

こういうこともあった。
ある日、休み時間があと一分間くらいになった時にTさんは教室に戻ってきた。
教室の引き戸の位置からは廊下にある流しが見える。
その時、Tさんの学級のAという児童がそこで水を飲んでいるのが見えた。
Aは坊主頭の子供で、他の子とは見間違えようがない。
その姿を横目で見ながら教室に入ると、教室の中にAがいる。
あれ?随分早かったな。と思って何気なくもう一度水場を見ると、こちらにも坊主頭のAがいる。
廊下にいるAは既に水を飲み終わって、こちらに向かってすたすた歩いてくる。特におかしいところはない。
一方、教室の中のAも自分の席に座って近くの級友と話をしている。こちらもいつものAである。
流石にぎょっとしたTさんはそのまま引き戸のところで二人のAを見比べていたが、廊下の方のAはTさんのいるもう一方の戸を通り過ぎるその瞬間に見えなくなり、そのまま教室の方のAだけが残った。

Tさんは、
「まあね、そのときも私が疲れてたんですよね。そんなに気にするほどのことじゃあないですよ」
と笑った。


その後もいくつか変わったことを何人もの教員が体験したらしいが、冬休みの間に旧校舎が取り壊されてからはそういうことも全く聞かなくなったという。