六十七/ 錆びずの槍

Eさんの実家の裏庭に、一本の大きなクスノキが立っている。
Eさんの家が建ったのは明治のことらしいが、その木はその遥か以前からそこにあるらしく、樹齢数百年と言われている。
その木には古さのほかに、もう一つ特異な点があった。地上から約三メートル辺りから伸びている一本の太い枝元に、赤黒い鉄の棒がにゅっと突き出ているのである。
ちょっと見たところこれが何なのだか見当がつかないが、言い伝えによればこれは槍の穂先だという。江戸時代とも、もっと古く戦国時代のものだとも言う人がいて、いつの物なのかははっきりしないが、古いことだけは確からしい。何かのはずみで木に刺さった槍が抜けず、以来穂先だけそのままになっているという。見上げる高さに刺さっているのは、刺さってから木が生長した為らしい。
由来が今ひとつはっきりしないながら、この穂先は周囲の人からは何かと不吉に思われていたようで、Eさんも子供の頃からこの木には近寄らぬよう幾度となく言い聞かされたそうである。


そして実際に不吉な事は起こったようだ。まずEさんが六歳頃の話である。
見知らぬ人が、裏庭の木の件の穂先に縄をかけて首を吊っていたという。明け方発見されたその人は、腰に巻いた工具ホルダーに鑿やらペンチやらをぶら下げていた。足元にはこれも持参したと思しき脚立が倒れていた。家族にはまったく見覚えのない顔だったので、とりあえず警察に通報して引き取ってもらったところ、隣町の人と判明した。とりあえず自殺という事で落ち着いたものの、Eさんの家との繋がりはまったくわからずじまいだという。ただ、工具や脚立を夜中に無断で持ち込んでいたことから、例の穂先を盗み出そうとしたのではないか、という仮説も立ったらしい。
もちろん当時幼かったEさんは実際に遺体を見たわけでもなく、この話は後になってから家族に聞いたものである。この時は特に、刺さった穂先についてはなんとも思わなかったらしい。
次に異変があったのは、Eさんが高校に入った夏のことである。その日、夕立が起こり、激しい雷鳴も響いたのだが、このクスノキにもひとつ落雷があったという。雨が止んだあと、Eさん宅前の道路で一人、女性が倒れていた。発見された時にはすでに事切れていたが、その胸には深々と、あの槍の穂先が突き立っていた。クスノキを検めたところ、穂先が刺さっていたところから伸びていた枝が、元からぽっきり折れている。どうやら先刻の落雷が当たって折れ、その時の衝撃で穂先が弾け飛び、不運にもたまたまそこにいた女性に当たってしまったということらしい。
ただ、奇禍に逢ったこの女性の身元が偶然にしては出来過ぎだった。なんと、以前その穂先に首を吊った男性の、妹だというのである。Eさんはそれを聞いて、どうにも因縁めいたものを感じ、初めてこの穂先を恐ろしいと思ったという。
槍の穂先は警察の検証ののち、Eさんの家に返されてきた。見てみれば、木に入っていた部分は、外に出ていた赤黒い部分とまるで違って鈍い銀色をしていたという。先端も鋭いままだったらしい。江戸時代のものとしても百年以上経っているはずである。木の中には水分もある。風雨に晒されなかったとはいえ、錆びないということがあるのだろうか。
二人の死者に関ったこの槍の穂先はEさんの家でも置いておきたくなかったようで、すぐ菩提寺に預けられることとなった。住職は実物を見るなり、何も聞かずに受け取ったという。