2023-01-01から1年間の記事一覧

水鈴

Yさんが妊娠中に実家に帰っていたときのこと。夜中にふと目が覚めて、どうも喉が渇いている。ベッドを下りて水を飲みに洗面所に向かった。コップに水を入れたところ、何やら妙な音がする。コロコロ、チリチリ――。鈴を転がすような音がどこからか聞こえる。蛇…

祖母の靴

Yさんの祖母は仏間で寝起きしていて、朝食の時間になるとYさんが呼びに行く習慣になっていた。仏間の襖の前でYさんがおはよう、ご飯だよと声をかけると中から祖母がはーいと返事をする。Yさんが中学生の頃のある朝、いつものように仏間に向かって声をかけた…

山の畑

Fさんの姉が彼氏とデートと言って休日の朝から出掛けていった。そして帰ってきたのが夜七時頃。しかし様子がおかしい。真っ青な顔色で目は涙ぐんでおり、帰ってくるなり口も聞かずに部屋に引きこもってしまった。翌朝になってようやく出てきた姉の話では、デ…

ケーキ

Mさんが新婚の頃のことだという。奥さんの誕生日、職場近くの店に予約してあったケーキを仕事帰りに受け取った。それからいつも通り電車に乗り、駅から自宅までの道を急いだ。しかしどういうわけか、道に迷った。たかだか歩いて十分程度だ。毎日通う慣れた道…

砂輪

Fさんは三十歳を過ぎた頃からずっと調子が悪かった。頻繁に頭痛が起きるし、いくら寝ても疲れが抜けない。具体的にどこかが痛くなくても常に体が重く感じる。単に二十代の頃より体力が落ちたせいかとも思ったが、それにしても常にどこか調子が悪いのはおかし…

追い抜き

Dさんが中学生の頃、塾の帰り道のこと。見たいテレビ番組があったので、いつもより急いで自転車のペダルを踏んでいた。午後八時前、皓々と照らす満月が綺麗な夜だったという。そこへDさんのすぐ隣に並走してきたものがあった。視線を向けるとそれはなぜかベ…

紙屑

Rさんが都内の知人を訪ねた帰り道のこと。地下鉄に乗っていると、乾いた音を立ててシワシワの紙が床を足元まで滑ってきた。模様からするとハンバーガーの包み紙のようだ。誰かが車内で食べて放り捨てたのか。マナーの悪い人がいるものだと呆れていると、紙は…

居眠りの間に

二月初旬の寒い夜だったという。Rさんが妻と小学生の娘と一緒に焼肉屋に行った。帰りは妻が運転してくれるというので、Rさんはビールをジョッキ二杯飲んだ。これはRさんにとって別段多い量でもないのだが、このときは酔いが回るのが早く、帰りの車の助手席で…

祖父の事故

Eさんの祖父は車の運転が荒い人で、一般道でも平気で八〇キロで走ったり、前の車を煽ったり、交差点で対向の直進車より先に右折したりとやりたい放題だった。家族も何度もやめさせようとしたのだが、捕まるようなことはしないから大丈夫だと聞く耳を持たない…

山のビル

Rさんの祖母の三回忌で親戚が集まったときのこと。初夏のよく晴れた日で、窓を開けて爽やかな風を入れながら仏間で祖母の思い出などを和やかに話していた。トイレに行って戻ってきた叔父が元の位置に座ろうとして、ふと窓の外を見ながら訝しげな声を上げた。…

タケノコ掘り

Kさんが知人に誘われてその知人の持ち山にタケノコ掘りに行った。タケノコを掘るのはそれが初めての体験だったが、爽やかな風が竹林をさらさらと鳴らすのが心地よかった。教わりながら三つほどタケノコを掘り出した頃のこと、出し抜けに声をかけられた。 「…

夕焼けサイレン

Tさんが長女を産んでから、静岡の実家から母がたびたび東京まで世話をしに来てくれていた。その日も母が来るという連絡を受けていたのだが、着くはずの時刻になっても姿を見せない。途中で買い物でもしているのだろうかと携帯に連絡してみたが、一向に出ない…

夢犬

いつ頃からだったかは覚えていないが、Nさんは定期的に犬の夢を見ていた。忘れた頃に夢に同じ犬が出てくるのだ。人懐っこい茶色の大型犬で、自分によく懐いてくれるので、Nさんもかわいがって撫でたり一緒に散歩に行ったりする。現実にはNさんは犬を飼ったこ…

カレー工場

Uさんは小学四年生のときに父親の仕事の都合で引越した。引越す前の家から歩いて三十分ほどのところにカレー工場があった。前を通りかかったことしかないので中がどうなっているのかは知らないが、白い大きな建物で道路に面した壁にふたつシャッターがある。…

カウント

Kさんの職場の近くに小さい橋があり、通勤の途中でここを通る。ある日、帰宅途中に橋の下から声が聞こえた。「しーち、はーち、きゅーう」高い声で数をゆっくり数えている。こんなところで何を数えているんだろうと欄干から身を乗り出して下を覗いたものの、…

納屋

消防団に所属しているSさんが、市内の火災に出動したときのこと。燃えていたのは農家の納屋だった。古い木造のためか激しく燃え上がり、Sさんたちが到着した時には既に二階の屋根から炎が吹き上げていた。早速消防署のポンプ車と並んで消火作業に取り掛かっ…

プレゼント

Wさんは大学を出て地元の信用金庫に就職した。入ってから知ったのだが、慢性的に人手不足らしく、常に忙しい。外回りに事務の数々と、新人のうちから回される仕事が多かった。休日のはずの土日も、付き合いのある地元企業との会合が入ることが多く、休めない…

怖い絵

高校の美術部で顧問をしている教師のKさんの話。その美術部には怖い絵の噂が代々伝えられていた。十年以上前、Kさんがその高校に着任するよりもっと前のことだという。部活動中、ひとりの部員が描いたスケッチが妙に怖い。他の部員たちがひと目見て顔を覆っ…

洞穴の絵

Sさんの家には階段を下りた突き当りに油絵が飾られていた。ぼんやりした色合いの風景画で、木々の間に見える岩壁に洞穴がひとつ、黒々と口を開けている。父の祖父、つまりSさんの曽祖父が買ったものだという。物心付いた頃からSさんはこの絵が怖かった。特に…