怖い絵

高校の美術部で顧問をしている教師のKさんの話。
その美術部には怖い絵の噂が代々伝えられていた。
十年以上前、Kさんがその高校に着任するよりもっと前のことだという。
部活動中、ひとりの部員が描いたスケッチが妙に怖い。他の部員たちがひと目見て顔を覆ったり泣き出したりするほど怖かった。
しかし皆が落ち着いてみると、そもそも誰が描いたのかがはっきりしない。描いているところを見た部員はそれぞれ違う名前を挙げたし、名指しされた部員はいずれも自分ではないと首を振った。
使われていたスケッチブックはその日休んでいた部員のものだった。
何が描かれていたのかははっきりしないが、そのスケッチが今でも美術室に残されているという。


ただの噂で、世の中にいくらでもある怪談のひとつに過ぎない。Kさんもそう思っていた。
あるとき、Kさんは美術準備室の棚で一冊のスケッチブックを見つけた。資料や教本に交じって無造作に並んでいたのだが、それまで何度もその棚を見ていたはずなのに、このスケッチブックを見るのはその時が初めてだった。
単なるスケッチブックではなかった。綴じ目以外の三辺に布テープが隙間なく貼られており、開くことができない。
なにかの悪戯なのか、それともよほど中身を見られたくないのか。しかし見られたくないのならこんなところに放置しないで持ち去ればいい。持って行きたくない理由があったのだろうか。
そこまで考えて、例の怖い絵の噂を思い出した。今でも美術室に残されているという、怖いスケッチ。
これがそうなのだろうか。こうしてテープで封印されているのは――あまりに怖い絵だからなのか。
Kさんはどうすべきか少し迷った。
何が描かれているのか見てみないことには、これが噂のスケッチなのかどうかわからない。見たところで本当に同じものかどうかはわからないのだが。
噂というものは尾ひれがつくものだから、実際に見てみたら大したことなんてないのかもしれない。大したことがないものならば美術部の子たちに見せてあげてもいいし、本当にとてつもなく怖いものならばこんなところに保管しておかないで処分してしまってもいい。
いずれにせよ、中身を確かめる必要がある。布テープを切り開こうと、カッターナイフを当ててグッと力を入れた。
バタンッ!
美術室で大きな音が響いた。一体何事、とスケッチブックを抱えたまま見に行くと、壁にかけてあった絵が落ちている。
ところが絵が入っていた額は壁にかかったままで、中のカンバスだけが落下している。額の背面の板もしっかり嵌まっている。これでカンバスが落ちるはずがない。
まるで額を通り抜けてカンバスが落ちたかのようだ。
美術の授業がない時間なので、美術室には誰もいなかった。美術準備室からは美術室に誰かが入ってくればすぐわかる。誰かが悪戯したということは考えられない。
スケッチブックを開けようとした途端にこんなことが起きた。警告のようにも思えた。
Kさんはもとあったところにスケッチブックを戻し、それ以上気にしないことに決めた。だから今でもスケッチブックはそこにあるという。


見せてもらえないでしょうかと頼んでみたが、Kさんは短く、駄目ですとだけ言った。