山の畑

Fさんの姉が彼氏とデートと言って休日の朝から出掛けていった。そして帰ってきたのが夜七時頃。
しかし様子がおかしい。真っ青な顔色で目は涙ぐんでおり、帰ってくるなり口も聞かずに部屋に引きこもってしまった。
翌朝になってようやく出てきた姉の話では、デートの最中に奇妙なことがあったのだという。

 

彼の運転する車で隣県の温泉に行って帰ってくる途中、彼がふと黙り込んだ。車はいつのまにか細く曲がりくねった山道にさしかかっていた。
どうしてこんなところを通るのか、姉は不審に思った。往路ではそんなところを通った覚えがない。
なに、こっちが近道とか? そう尋ねたが、彼はハンドルを握ったまま一言も発しない。どうも様子が普通ではない。
ひっぱたいてでも正気に戻したほうがいいだろうか、しかし運転中だし、どうしよう。
そんなふうに悩んでいるうちに道はどんどん細くなり、両側に木々が生い茂って車一台分の幅しかないようなところを進んでいく。当然街灯もなく、既に日が落ちてヘッドライトの照らすところだけが明るい。
そんな中ふと前方に灯りが見え、そのまま進んでいくと急に車は広いスペースに出た。
どうやらそこはぽっかりと森が開けたところに畑が作られていて、何かの野菜が何列も植えられている。
その向こうに家が一軒建っている。見えていた灯りはその家のものらしい。二階の窓越しにオレンジ色の光が見える。
車は畑の手前で停まった。彼はハンドルを握ったままじっと動かない。
ねえ、ここが何なの、と姉が彼の肩を揺すったところでどうも彼は我にかえったらしい。
えっ、何ここ、と慌てて彼が周囲を見回す。あなたがここまで運転してきたんじゃない、と姉が口を尖らせると彼は全く記憶にないという。とにかく引き返そうと、方向転換して来た道に戻ろうとした。
車が向きを変える拍子に、姉は見てしまったという。
畑の向こう側に建っていたと思っていた家、そこにヘッドライトの光が当たってはっきり見えた。
上から下まで真っ黒に焼け焦げていて、壁が半分ほど崩れている。その二階のあたりに光っていたオレンジ色のものは人の顔をしていた。
こちらを見ている。

 

そこから姉の記憶は不確からしく、家の近くまで来たところで彼に揺り動かされてようやく気がついたという。