野次馬

Nさんがふと気付くとまだ朝の五時前だった。
いつも六時過ぎになってから起きるのに、なぜかこの時はそんな時刻にひとりでに目が覚めてしまった。
もう一度寝直すと寝過ごしてしまいそうだし、仕方ないから起きるか、と着替えていたとき。
ゴッシャーン!
窓の外でとんでもない音がした。重いものがぶつかって壊れる音だ。
……えっこれ、事故!?
慌てて二階の窓から顔を出すと、隣の家のブロック塀に一台の自動車が衝突して停まっているのが見えた。
車のボンネットがひしゃげて煙が細く上がっており、ブロック塀も崩れている。
薄暗い中ではあるが車を取り囲んで十人程度の人影もあった。ガヤガヤと話し声も聞こえる。
もう野次馬が集まったのだろうか。
ウチの塀じゃなくてよかった、いやいやそんなことを考えるのは悪い、運転していた人は無事かな、警察や救急車は必要だろうか、などと混乱しながらもNさんは一階に下りるとサンダル履きで外に飛び出した。
すると意外に辺りは静かだった。
塀にぶつかった車はそのままだが、先程二階から見えた野次馬が一人もいない。
事故車の運転席からは若い男がよろよろと出てきたが、それ以外に人影はなかった。
むしろ周りの家から人々が出てきたのはそれからで、事故後最初に飛び出してきたのがNさんのようだった。
――さっきあんなにいた野次馬はどこに消えたんだ?
運転手の怪我も大したことはないようで、事故の処理もその後淡々と進んだ。
しかしNさんは二階から見た野次馬たちが一体何だったのか、その後しばらく気になって仕方なかったのだという。