水鈴

Yさんが妊娠中に実家に帰っていたときのこと。
夜中にふと目が覚めて、どうも喉が渇いている。ベッドを下りて水を飲みに洗面所に向かった。
コップに水を入れたところ、何やら妙な音がする。
コロコロ、チリチリ――。
鈴を転がすような音がどこからか聞こえる。蛇口を閉めると音が止んだ。
コップを覗き込んでも水に変わったところはない。一口飲んでから、蛇口を少しだけ開いた。
チリンチリン。
水が細く出るのに伴ってやはり鈴の音が聞こえる。
蛇口の周りを覗き込んだが鈴などない。他に鳴りそうなものも見当たらない。
しかし大きいお腹を抱えながら蛇口を覗き込むのも苦しい。それに真夜中だ。
まあいいかと気にしないことにして、ベッドに戻った。
それから何度か同じことがあった。母に尋ねても音の原因に心当たりはないという。
音の正体はわからないままYさんは無事出産を終え、それ以来鈴の音はしなくなったのでずっとそのことは忘れていた。


そのとき生まれた長女が四歳の頃、一緒に実家へ行った。
一晩泊まって、翌日帰る車の中でのこと。長女がこんなことを言う。
お母さん、なんでおばあちゃんちの水道は音が鳴るの?
音ってどんな音、とYさんが聞き返すとチリンチリンって鳴るの、と長女は答えた。
長女が実家の洗面所で手や顔を洗うときにはYさんも毎回すぐ後ろにいたが、一度も鈴の音は聞いていない。
以前その音を聞いたときは長女がお腹にいた。今度はその長女が音を聞いたという。
なんとなく気にかかって、途中でお寺に寄って長女と一緒に手を合わせてから帰った。